33. ヴィンセントの話。
「あーーー…きっつ……」
─ジョセフ先輩とヘザー先輩、しこたま飲ませやがって…
俺はヴィンセント・ギレスビア。ギレスビア国の第1王子…いや、今日付けで王太子になった。
そしてさっきまで記念の夜会に出席していたが学園の先輩方に酒を飲まされすぎたから抜けてきたところだ。
夜会の始まりは普通だったがもう主役そっちのけでどんちゃん騒ぎを始めたから楽しくもないし一応父上に断りを入れて、自室に引っ込んだ。
…マリアでもいたら別なんだが彼女はまだ今日の夜会には参加出来ない。
「……18歳未満は入れないはずなんだがアレはなんで夜会にいたんだ?」
そう、今年18歳になる以上しか参加出来ないという年齢制限をかけている夜会にも関わらずマリアと同じ15歳の聖女セリス・ワイズが何故か会場にいたのだ。
誰かが手引きしたか、それともどこかに隠れていたか…
またダンスを頼まれたのには困ったが先輩方があっという間に絡んできたので人を呼んで彼女を退場させられたから助かった。
そうしてしこたま飲まされ、今に至るわけだが。
今は少し酒を抜こうと自室の寝椅子に寝転がっている。
水を飲まなきゃと思いながらも身体がなかなか動かない。
こんなに飲まされるとは思わなかったな、なんて考えていたら扉が叩かれ兄貴ーいるか?と声が聞こえたので「あぁ、入っていいぞ。」と返事をした。
「うわ、大丈夫か?」
と部屋に入るなり心配してくれるのは弟のエドガー。彼は俺のひとつ下だから夜会に参加していない。
「まあ、大丈夫だ…というか今まで生きてきて一番飲んだかもしれん…」
「あははは!ザルの兄貴がそうなるとか相当だな。酔い覚ますか?」
「そうだな、頼む。このままじゃ動けん…」
エドガーは俺より治癒魔法が巧いので魔法で酔いを覚ます=酒気を抜く事ができる。巧い人は自分で酔い覚まし出来るらしい。
おう、と返事をしエドガーが寝ている俺の腹の上あたりで指をくるくる回すと身体が楽になっていく。
「こんなもんか?」「ありがとう、だいぶ楽になった。」
全ての酒気を抜くことは出来ないらしいのだがそれでも随分と違う。
自由の利くようになった身体を起こし、水差しからコップに注ぎ飲み干す。
「はー…生き返った。」
「お疲れ様。あと、今日は本当におめでとう。」
急になんだと目を見開いてしまった。
「そんな驚くなよ!…今日は"良き日"だからな。もう一度しっかり言いたかったんだ。」とエドガーは少し照れている。
「…ありがとう。」「頑張れよ。俺も、精一杯支えるから。」
彼は現騎士団長が当主を務めるウルフ公爵家へ婿養子になることが決まっている。いずれ騎士団長になるのだろうがコネで団長になったなどと言われないよう今は必死に修練を重ねているのを知っている。
「ああ、お前もな。」
…戦争のない国ではあるがいつ何が起こるかは、誰も知らないしわからない。
「ところで、夜会にセリス嬢がいたって耳にした。」
「……あぁ、ダンスをまた強請られたよ。」
「でも今日って…」「そう、本来なら入場出来ない。」
ふむ、と考える素振りを見せるエドガー。
「…学園でもよく様子を見ておく。というか兄貴に執着しすぎだろ。」
彼女に何かしたのか?と少し茶化しながら言われるがまったく身に覚えがないので困る。
「頼む。…マリアと一緒というのがどうも、嫌な予感しかしない……」
マリア─マリア・クローヴィス侯爵令嬢。
俺の"書類上の"婚約者であるが、俺は…彼女が異性として好きだ。
彼女は違うらしいが……
「……アレ、渡せたのか?」
と突然問われ、身体がビクリと跳ねてしまった。
「王太子殿下ともあろうお方がマリア嬢のことになると本当ダメになるなー。」とけらけら笑うエドガー。
彼にはもう、それこそマリアと出会った頃から俺が彼女に惚れていることが知られているから取り繕ったりはしない。
「ちゃんと、渡せた。……すごい喜んでくれた。」
─渡した時のマリアの笑顔を思い出し、顔がにやけるのがわかる。
「あーあー。お兄様よ、やばい顔してるぞ。」マリア嬢には見せられないな、と腹を抱えて笑っている。
え、そんなにか?と手を顔にやると自分でも思った以上に笑っていた。
「……マリアが、可愛すぎるのがいけない。」「いや、その理屈はない。」
真剣に告げたつもりだったのだがエドガーからは一刀両断されてしまった…
と、カサリと音を立てるものがある。
ハッと思い出したものがあり
「エドガー!ちょっと、もう出ていってくれ!」「はあ?一体なんなんだ…」と文句を言うエドガーを部屋から追い出す。
「マリアから手紙を貰っていたのを忘れていた!」
夜会の初めに彼女の父上から渡されたあとすぐ先輩方に絡まれたからすっかり忘れていた。
「…………兄貴、」「なんだ?」「……いや、なんでもない…」
エドガーから向けられる視線が生暖かいが気にしていられない。
「酔い覚ましありがとう!じゃ、おやすみ!」
「…マリア嬢も大変だな。」「なんか言ったか?」「いや…おやすみ。」
エドガーを追い出したあといそいそと文机へ向かい上着の内ポケットから取り出しそっと封を開ける。
便箋は薄い青緑色で草模様が入ったものだった。…こういうのが好きなんだろうか?
二つ折りにしてあるそれを開くと綺麗な文字で綴ってあるのが目に入る。
『親愛なるヴィンセント・ギレスビア様──』
マリアと手紙を交わしたことがないからなんだかくすぐったい。
気を取り直して先を読んでいく。
──丁寧な文体だった。きちんと教育を受けているのがわかる。
手紙の内容は今日の儀式への寿ぎの言葉とあげたブローチのお礼、そして『キッショウ』の事。忘れないうちに伝えようと急いでしたためてくれたらしい事も書いてあってそれが存外、嬉しい。
『キッショウ』…遠いどこかの国で良い兆しを表す言葉らしく、その国では"蝶"がその文様になる、と書いてあった。
「……どこの国のことだろう?」
ギレスビアが所属している大陸にある国のおおよその文字や文化は知っているつもりだが、この『キッショウ』のことは知らない。
海を隔てた向こうにも別の大陸があって国が多数存在していることは知っているがそのあたりの国なんだろうか。…今度時間があれば調べてみよう。
マリアが蝶のモチーフが好きな事をある人から聞いて、俺が図案を考え作らせたがまさかこんな意味があったなんて…あぁ、だから彼女はこのモチーフが好きなのか?
蝶のモチーフの物をたくさん贈ると嫌がられるだろうか…嫌われるのは絶対に避けたいから恥を忍んで直接聞いたほうが正解だろうな。彼女の性格を考えると…きっと素直に教えてくれる。
すぐ返事を出したら気持ち悪がられる、か?
うん、長い手紙はやめにしよう……そうだ!確か、トラビス殿が…───
─ようやく、またマリアの手を取る事が許されたのだ。
今日の様子を見るとまだまだ心は寄せてくれてはいないようだったが、ゆっくり確実にこちらを振り向かせよう─。
…ちなみにトラビスがやったように毎日魔法鳥を飛ばそうかとしていたのだがエドガーに見つかり
『二番煎じは面白くないし、気持ち悪い』
と言われたので止めた。気持ち悪い………
ジョセフ、ヘザーとヴィンセントは学園の生徒会で一緒でした。
なので仲がいいです。
ヴィンセントの一人称は、公式:中間:プラベ=私:僕:俺 と変化します。




