32. 女心と…の話。
屋敷に帰ってからはなんとなくふわふわした気持ちだった。
酔いはとっくに覚めていたのだけど、部屋着に着替え1人きりになり、自分の身に起きたことがようやく実感として湧いてきたのか手の中にある蝶のブローチを眺めながら王宮の庭でのことが頭に浮かんでは頭を振って消しを繰り返していた。
私だって女の子なのだ。
格好いい男性からあんなことをされて、その時は流せたけどやはり意識し始めてしまう。
「……本当に…私を好いていてくれたのね……」
──『マリア嬢、僕は貴女が好きだ。』
──『もう想いを告げてしまったからこれからは遠慮なく君を口説くことにする。』
声色や表情から"本気"なのだというのがわかった。
入学祝いだとくれた蝶のブローチ…虫のモチーフ自体、こちらでは見たことも聞いたこともないので私の好みを調べ、わざわざこのために作ったのだろう。10歳以降会うことはおろか言葉ひとつ、手紙ひとつ交わしていないのに。
そのことも相まってあれだけ嫌っていたのが薄らいだのは事実だ。
だけどアシュクロフが好きだという気持ちに変わりはない。
「殿下は、"友人として"…仲良くなれたら、なぁ……」
…そういえば手紙を書くと約束してたのだった、と思い出した。
まだ時間はあるようだから忘れないうちに書いてお父様に託そうと思い文机の引き出しから便箋を取り出す。
「…どれにしよう?男性宛てだからあんまり可愛らしすぎるのはダメね。……これかな?」
選んだのは薄いブルーグリーンで草模様のエンボスが施してあるもの。
色とシンプルな模様が気に入って買ったのだけどシャロン相手だと送るのには向かないな、と文机の肥やしになっていた。
「男性相手なら、まあいいか…」
インク瓶とお気に入りのガラスペンを取り出し手紙を書いていく。
ちなみに筆記用具は他国は付けペンが主流だが我が国ではガラスペンが主流。…誰かが開発したのだろう。
「……よし…こんなもん、かな?」
時計を見るとそろそろ再出発の時間だったので急いで封をし、玄関へと向かう。
着くとお父様たちも玄関に着いたところだった。
「お父様!」「どうした?マリア。」
「これ、さっき殿下と話していた手紙です。お願いしてもよいですか?」と手紙を渡すともう書いたのか?と驚いている。
「……早くお伝えした方が良いかと思いまして。というか忘れそうだったので。」と素直に告げる。
「ハハハ、マリアらしいな。わかった、きちんと渡しておくよ。」
「ありがとうお父様!お願いします。」
では行こうか、とお父様お母様とジョセフが馬車へ乗り込み出発していった。
見送ったあとティアナから夕食は1時間ほどあとです、と言われたので部屋で学園で使う教科書を読んで過ごした。
夕食はウィルフレッドとサラとの3人で。
サラにたくさん今日の事を話して、楽しんでくれたようだった。
ヴィンセントからブローチを貰ったことを言ったら驚きつつも良かったわね、と言われた。
「蝶のモチーフは私も見たことがないわ。」
「そうだな。というかマリアは蝶が好きなのか?」
「うん。いつか自分で作ろうと思ってたくらい。」
実はデザインはいくつか考えてあって、いずれあの工房に頼もうと思っていたのだ。
「虫をモチーフに、ねぇ…」とウィルフレッドは不思議そうだ。
そこで、あぁとなにか思い出したのか
「さっきの…キッショウ?だったか? 一体何のことなんだ?」
「あー…聞こえてた?…吉祥、"良い兆し"のこと。─その、どこで読んだか忘れちゃったんだけど、本にあったの。遠いどこかの国では蝶がそのモチーフなんだって。」遠いどこかの国…もちろん日本だが秘密だ。
この事は先程お父様に渡したヴィンセントへの手紙にも書いた。
へぇ、とウィルフレッドとサラも納得しているので彼も納得してくれる…と思いたい。
「これから学園に入るし、魔除け厄除けになるかなって。」
「私たちも卒業生だからなにかわからない事や困った事があれば言ってね?」とサラの言葉が嬉しいが、今日の事を考えると…
「何もないに越したことはないけど…たぶん無理だとは思ってる……どうしようもなくなったら頼るね。」と曖昧に笑っておく。
心配そうにしているがお願いだから赤ちゃんを最優先に考えて、と念押しした。
私は自分の事は自分でなんとか出来るし、シャロンやトラビスがいる。…アシュクロフもいる。
「でもありがとう。ウィル兄様、義姉様」
赤ちゃん、性別どっちだろうね?楽しみ〜とちょっと強引に話題を変える。これから起こるかもわからないことをいつまでも引きずってはいられない。
心配そうな2人ではあったが気持ちを汲んでくれたのか話題に乗ってくれた。
その後は和やかに夕食を終え、疲れたしさっさと休むと告げお風呂も入って部屋に引っ込んだ。
寝てしまおうかとも思ったが寝付けそうな雰囲気はしない。
それにアシュクロフがいない、という不安も感じていた。
この間は悪夢ではなかったけれど今日は悪夢を見ないという保証はないからだ。
「睡眠薬でもあればなあ……」はぁ、と独りごちる。
睡眠魔法はあるが自分にはかけられないしかけられる人間は屋敷には私しかいない。
睡眠薬はそういった効果のある薬草が我が国にはないらしく輸入品でとても高価。
「本、読むのもな……」そんな気分でもない。
部屋を見回し、ふと窓が目に入ったのでふらりと近付き開けてみた。
少しだけヒヤッとしたがそこまで寒くは感じない。
まあでもアシュクロフに見つかったらまた怒られるかな、と思い上着を1枚羽織り、ついでに椅子も窓の近くに持って行った。
「…いや、今日までいないって言ってたじゃん。」
と誰ともなく突っ込み、少し寂しくなった。




