閑話. ジョセフが回想する話。
次兄ジョセフ視点でマリアの悪夢の話。
少し長めです。
俺はジョセフ・クローヴィス。今年で19歳になる。
クローヴィス侯爵家の第2子で次男。普段は農作業や書類作業をしているが今日は休みで恋人のヘザーと馴染みの喫茶店に来ている。
「いや〜、これ面白かったよ。面白くて、一気に読んじゃった。」
だから少し眠くてさ〜、なんて言いながら本をヘザーに返す。
「でしょ〜! でもどうせ斜め読みなんでしょ。わからないとでも思ったか!ま、それでもちゃんと内容わかってるのはそれはそれで腹が立つんだけど。」辛辣だな〜。…そこがよくて付き合ってんだけど。
馴染みの喫茶店でしばらく本の事を2人で話して、彼女が「じゃ、今日これから仕事だから。またね」と手を振り店を出ていく。
ヘザーの仕事は看護師。3交代制とか言ってたか?昼からだから9時頃までか…頑張れよ〜、なんて出ていく背中に視線を送る。
姿を見送っていると外から手を振ってくるので俺も笑顔で振り返す。
1人、カップに残ったお茶を飲みながらふと今朝のマリアのことが頭をよぎった。
「『斜め読みなんでしょ』か…マリアも同じ事言ってたな。」ふっと笑いがもれる。
「そういやマリア、悪夢見なかったとか言ってたな…」
マリア─俺の可愛い可愛い妹。
10歳の頃、街で暴漢に遭いそれ以来悪夢を見続けているのだ。
当時、その事件のせいで魔力を使い切り3日間昏睡したマリア。
目覚めたときは屋敷中でお祭り騒ぎになった。
かくいう俺も安堵と興奮でなかなか寝付けず、夜中に水でも飲もうと寝台から出て水差しを手にしたとき隣の部屋から叫び声が聞こえたような気がした。(その頃はまだ隣の部屋だったな。今は違うけど)
気のせいかとも思ったが目が覚めたばかりのマリアの事が気になり、何もないならないで…でも何か起きていたら?と思い様子を見にそっと部屋を出た。
みな寝静まった屋敷の薄暗い廊下を進み隣の部屋へ向かう。
…耳を澄ましてみても何か聞こえる様子はない。小さく扉を叩き「マリア?起きてるのか?入るぞ…」とそっと声をかけてから開く。
「マリア…?」
部屋の中を見渡すも特に異常は見えないが……ん?と寝台の上のモノに気付く。
寝台に、不自然な丸い膨らみがある。そっと近付き「…マリア?大丈夫か?」と声をかけると膨らみがびくりと震え、中からゆっくりと出てきたのは大粒の涙をボロボロ零すマリアだった。
「…ジョセにーさま…?」と呼ばれ「…うん」と返事をするとギュッと抱きついてきた。
「…怖い夢でも見たか」と背中を撫でながら聞くとこくこくと頷いている。それに…
「声出して泣いてもいいんだぞ」─出さないように我慢しているようだったから。
けれど首を横に振られる。「夜中だから、迷惑になる…」と。
「そんなこと考えなくてもいいだろ」「3日間も寝てていっぱい心配かけたから…」「だったらもう今更だな」はっ、と鼻で笑い飛ばしてやる。
マリアがそっと離れていくも「…うわあ、汚え顔」涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「ひどい。クソ兄貴。」ムッとされる。クソ兄貴なんて言葉いつ覚えたんだ。
「とにかく顔拭け」とそのへんにあった手拭いを部屋にある洗面台で濡らして渡してやる。「ありがとう…」と顔を手拭いに埋めている。
「…ん、マシになった。」「"可愛い"でしょ…」「……もう大丈夫そうだな?」「うん…ごめんなさい、ありがとう兄様。」
頭を撫でてやると嬉しそうにするマリアが可愛い。
「"兄様"だからな、気にすんな。…1人で寝れるな?それとも一緒に寝てやろうか?」なんてちょっと意地悪を言うと「大丈夫だし!」と返ってきたのでくくくっと笑いがもれてしまう。
「じゃあ寝ろ。お前はまだしっかり休まないと。」と布団に戻るよう促すとうん、と素直に布団へ入っていく。
「じゃ、おやすみ」「兄様ありがとう、おやすみなさい」頭を撫でてやる。
その日はそのまま自室へ戻り水を1杯飲んでから俺も寝た。
──問題はそれからだった。
まず3日間、同じように起きた。
というか起こされた。マリアの叫び声で。
すごく申し訳なさそうなマリアを宥め、初日と同じように寝かしつけた。
4日目、一緒に寝ようかと提案したのだが大丈夫と突っぱねられた。
意地なのか矜持なのか…しかし結局、また叫び声が聞こえたのにはさすがにちょっとイラついてしまった…
そっと部屋を出ると、その日はマリアの部屋の前に侍女のティアナがいた。
「あ…ジョセフ様。」「よ。…どうかしたか?」と聞くと「マリアお嬢様の部屋から声が聞こえた気がしまして…」と。
どうやらたまたま通りかかったときに叫び声が聞こえたらしい。
「あぁ、悪夢を見るらしくてな…今日で4日目。」ふぁ、とあくびが出てしまう。
「…ではジョセフ様が前3日ともご様子を?」と聞かれたので頷く。隣の部屋だからよく聞こえる、と。
「早く言ってくだされば良かったのに。」「…ここまで続くと思ってなかった。」「左様でございますか。…今日はもう寝てください。これからは私が対応しますので。」との言葉に甘えることにし自室へ戻った。
─ティアナに知られたということは父さんと母さんにも知られるな。
なんか言われるかなあ…
次の日、案の定呼び出された。怒られはしなかったが早く言いなさい、と窘められた。
マリアが隠したがっていた様子だったことを伝えると「あの子…変なとこで大人びているんだよな。」「そうね…」と父さんと母さんが心配そうだった。
それからすぐウィルフレッドにも伝えられ家族とティアナの5人で様子を見ていくことになった。(途中話を聞きつけてたまにサラも来るようになった。)
しかしそれでも1ヶ月とちょっと、毎日続くとだんだんみんなが疲弊していくのが目に見えてわかった。
それにその頃にはマリアも隠すようになりだしたのだ。目の下のクマも濃くなり日中はぼーっとしていることが増えてきて、明らかに眠っていないのがわかるのに大丈夫、だと。
頼られていないのか心配をかけまいとするのかわからないがそれがあまりよくないことであるのは明白だった。
サラも伯爵家から心配されるようになり、屋敷中が危険な状態になりだした頃、突然父さんが「マリアの世話係にする」と孤児の少年を連れてきたのだ。
名は、アシュクロフと言うらしい。12歳くらいだと。
父さんの執務室で紹介をされた彼は孤児の割には綺麗な顔をした少年でとても12歳とは思えない気配をまとった子だった。(孤児だからいらぬ苦労をしてきたせいかな、とその時は思った)
しかし男をマリアの世話係に…?切羽詰まっているとはいえ間違いでも起きたら…?
ウィルフレッドも同じ気持ちだったらしく
「父さんッ いくらなんでも男の子を世話係にだなんて…っ マリアに何かあってからでは遅いんですよ?!」
「気持ちはわかる」「ならなぜ!」バンッとウィルフレッドが机を叩く。
それでも「──この子は…絶対に大丈夫だ。私を、信じて欲しい。」と父さんは静かに告げたのだ。
俺たちはもう何も言えなかった。
当主である父さんの決定は覆らない。
退出を促され、2人で出ていき俺はウィルフレッドと気を抜かないよう確認しあった。
だが俺たちの思いとは裏腹にマリアはアシュクロフによく懐きどんどんと明るく、事件以前のマリアへ戻っていったのだ。
注意深くアシュクロフを見ていたこともあるがやましいことなど一切なく、一度サラを通じてマリアに"変なこと"をされたりしていないか確認して貰ったがまったく何もなかった。
ただひたすら『献身的にマリアを支えるアシュクロフという少年』であった。
──そんなこんなで約6年経つ。
たまにアシュクロフがマリアを見つめる眼に、主従以上の感情があるのに気付いたのはここ最近だ。
「"恋人"ねぇ……」カップの最後の一口を飲み干す。
勘定を払い、いつもごちそうさま、と声をかけ店を出る。
「さって、今日は残り何するかな…… あ、そうだ」
マリアに入学祝い買ってやろう。何がいいかな…?あーアイツに相談すりゃ良かった…──
──願わくば、このまま悪夢を見なくなりますように──
そう思わずにはいられない。
なぜならこの世で唯一無二の可愛い妹なのだから──。
【小さな人物紹介】
ヘザー
ヘザー・ワイズ 19歳
看護師でジョセフの彼女。
今後ちょろりと出演予定。
ジョセフとは結婚してもいいかな、と実は思っている。




