14. アシュクロフの話。
──マリアがお風呂に行くのを立ち上がって見送り、
扉が閉まった瞬間─その場にしゃがみこんだ。
「何やってんだ俺……」
1人になった部屋に呟きが落ちる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やーーーっと終わった……… これで、」 ──侯爵家に戻れる。と口角があがるのを慌てて誤魔化す。
書類仕事で固まった身体をこきこきとほぐし、ではこれで失礼します。と一緒に仕事をしていた人に挨拶をしその場をあとにする。
俺、アシュクロフはクローヴィス侯爵家の娘・マリアお嬢様の執事だ。
今さっきまでは別の仕事を片付けていたがそれはしょうがない、マリアお嬢様付きとは言え旦那様には逆らえないからだ。
しかもここ2日ほどはどうしても抜けられなくて屋敷には戻れなかった。
─ようやく"彼女"に会える─と心の中で思っているのは否定しない。
俺は少なからず、彼女をただの"仕えるお嬢様"以上に思っているから。
屋敷に戻るともう夕食の時間だった。屋敷のみんなからおかえりーなんて声をかけられるのが今だにくすぐったい。(もう6年近く屋敷にいるけど)
ティアナさんを見かけたのでお嬢は?と聞くと部屋にいるらしいので呼びに行くことにした。
扉を叩き呼びかけるも返事がない。いないのかな?と思い「お嬢?入りますよ?」と声をかけそっと扉を開き中を覗くと、薄暗くなった室内で無防備にすやすやと寝椅子で眠っている姿が目に入る。
「まったく、このお嬢様は……」風邪をひくような季節ではないが体を大事にして欲しい。
窓掛けを引き、部屋に明かりを灯し、まだ眠るマリアの顔を見つめる。
──そうか…この子付きになってもう6年近くなるのか─
俺は6年ほど前に旦那様に雇われた。
初等学校(孤児であっても住んでいる孤児院があれば通える)を卒業し日雇いの仕事をしていたある日、いつものように日雇い労働者が集まる場所へ行くと少しやつれた感じで目の下にクマのある見た事のない男が労働者を探しているようだった。
そして俺と目が合うと「君、住み込みで働かないか?」といきなり誘ってきたのだ。
詳しく話を聞くと、クローヴィス侯爵家の当主様で末の娘専属の世話係を探している、とのことだった。
そんな大事な娘に男の世話係とかいいのかと思い素直に聞いてみたが男の使用人の1人が年で辞めるから男手の方がいいと言われたので、まあそれならいいか、と住み込み労働を了承しお世話になっている孤児院に挨拶をした後そのまま侯爵家へと向かった。
屋敷へ向かう道すがら様々な情報を伝えられた。
自分は執事見習いとして教育されること。執事見習いとは言え農作業をやること。(国の農業を担っているのがこの侯爵家だとそのとき知った)
そして仕える娘の名前はマリア、10歳。1ヶ月半程前に街で暴漢に遭いそれ以降悪夢に苛まれているようで、そのため本人はもちろん家族を含め屋敷の人間が神経をすり減らし屋敷内があまりよくない雰囲気であること─。
─正直、ちょっと失敗したかもなとは思った。まあでももう後には戻れないので腹を括ることにした。
屋敷に着き、中に案内されるもどこか暗い雰囲気が漂うのがわかる。
まず家令と侍女頭に紹介され、お風呂に入り使用人服に着替えさせられ、その後すぐに件のマリアお嬢様に会うことになった。
──そこにいたのは、10歳とは思えない表情をした濃いクマのある暗い瞳をした儚い少女だった。
旦那様にお前の世話係になる人だよ、と簡単に紹介されたのでそっ、とマリアお嬢様の前で膝を付き「初めましてこんにちは。アシュクロフと申します。」と挨拶をすると、「こんにちは。」と静かに小さく笑ってくれた。
その笑顔が、多少やつれているにも関わらずとても美しく感じた。
(思えばその時にすでに、彼女に心を奪われていたのかもしれない…)
「受け答えはしっかり出来る子だからすまないがあとは本人と話をしてくれるか。…連れてきていきなり任せるのはおかしな話だが、私も含めみな心配と寝不足で…少し、休ませて貰えたらありがたい。」
「わかりました。あとは任せて下さい。」と侯爵様が部屋を出ていくのを見送る。
普通なら2人きりになどしないのだろうが疲労で気が回らなかったのだろうか。何かするつもりなど毛頭ないが。
「─あの、突然で本当にすいま」「謝らないで下さい。…謝らなくてはいけないのは私です。私のせいでみんなが疲れていて、貴方のような方に頼らざるをえない。だから貴方もこれ以上付き合えないと思ったら私のことは捨て置いてくれて構いません。」…思った以上に受け答えがしっかりしているようだ。
どう返事したものか思案していると「アシュクロフさん私、寝たいのです。」と、この子は一体何を言い出したのだろうと目を瞠る。
「は… え?一体どういう…」
「寝ると、悪夢を見て飛び起きてみんなに迷惑をかけてしまうのではと思って眠れないでいるのです。」…黙って話を聞く。
「だから、私がうなされたら助けて欲しいのです。」と寝台傍へと連れて行かれ、「どうかお願いします。」と呟き布団に潜っていく彼女。
そこにいてくださいね、と念押しされ本当に眠たかったのだろう、あっという間に静かな寝息が聞こえてきた。
「──これ…どうしろと……」
はあ、とため息をつき、仕方がないから傍に置いてある椅子に腰掛ける。
むこうを向いて寝ているようで顔は見えないため規則正しく掛け布団が上下しているのを眺めることしかできない。
──これから、どうなるんだろうなあ… 全くもって検討もつかない。
ぼぅっと見つめていると自分まで眠たくなってくる…やばい、と思うも抗えないまま俺自身も夢の世界へと連れて行かれた──。
3話ほどアシュクロフ視点続きます。




