98.
私がヴィンセントから離れたがらなかったので、夕食はヴィンセントの部屋でとらせてもらった。
すごく、子供っぽいのはわかっているのだが…どうしても"1人になる"のが無理だった。
そして問題が…
「お風呂……どうしよう…」
「…さ、すがに一緒には入れないからな……」
まず私は自分にあてがわれた部屋に行くことが出来なさそうなのだ。
夏なので、お風呂に入らないという選択肢はない。
「…こっちの部屋の風呂に、入るか?」
「! そうする!…あ、だけど着替え…」
「…一緒に取りに行こう。」
別に侍女さんへ頼んでもいいのだが、勘繰られたりするのが嫌で断った。
一緒に私の部屋に行くとちゃんと着替えが用意されていた。
ヴィンセントと手を繋ぎながら着替えを掴みそそくさと部屋をあとにする。
「…まだ怖いのか?」
「……うん。…毎日悪夢見てた頃より、怖いわ…」
この恐怖が、一体何なのかわからないがその得体の知れなさがさらに恐怖を煽る。
お風呂は歌を歌いながら入った。
子供の頃も怖いときはよく歌いながら入ったものだ…
「ごめんなさい、ありがとう。」
「ああ、気にするな。…俺も小さい頃、怖くて入れなかったことがあったのを思い出したよ。」
くくく、と笑うヴィンセントに私も自然と笑顔になる。
「俺もすぐあがるから。」
と私にキスをして、浴室へ消えていった。
私はソファの上で膝を抱えて…いわゆる体育座りになって彼が戻るのを待つ。
─本当に、一体なんだったのか…
ぼんやりと、先程のことを考える。
セリスの行方も未だわかっていない…神殿も、沈黙を貫いている……
それらが自分でも知らないうちに心を蝕んでいたのだろうか…?
それとも──
─私は『幸せ』になってはいけない?
考えてはいけない考えが頭をもたげ、私は膝に顔を埋める。
と、肩を叩かれソファから転げ落ちる勢いで驚いてしまった。
「す、まない…いつもいつも君を、驚かせているな……」
「…気に、しないで……」
ヴィンセントは急いでくれたのだろう、まだ髪から水が滴っている。
「まだ、髪濡れてるじゃないの」
とソファに座らせ、彼の首にかかっていたタオルで拭いてやる。
お互いお風呂上がりなので、同じ石鹸の匂いがする。
ヴィンセントは暑いのか襟ぐりを掴んでパタパタとしているのだが、デコルテが見え隠れしてそこから色気が垣間見える。
ああ…お風呂上がりのイケメンは目の毒だな……と心の中で独りごちた。
少し涼もう、と庭へと出ることに。
ヴィンセントの部屋には庭へ直接出る扉がついているのだ。
「…私の方の部屋にはないわ?」
「…防犯上の理由かな。」
扉から出てすぐのところにベンチがあるので並んで座り空を見上げると、今日もよく晴れていたので星空が綺麗だ。
「……少しはマシになったか?」
「…そうね…少し、薄まった。」
こちらは熱帯夜がないので、たまに吹く夜風がとても気持ちいい。
「…今日の衣装を来た君が、眩しいくらい綺麗だった。」
「ありがとう。貴方もとても格好良かったわ。」
「王族の婚約式は普通とはちょっと違う。」
「そうなの?」
「ああ……"特別な書物"に署名をするんだ。それに署名をすると、君は王族に連なる者になる。」
「……結婚式ではないのね。」
と目を瞬き彼を見ると頷かれた。
「結婚式は、外交の意味合いが強い。」
─なるほど。婚約式が婚姻届提出、といったところか。
「…婚約、なのになんか不思議。」
「まぁそうだな。詳しいことはよくわからないんだ。…だが王家の婚姻はそうなっている。」
だから1週間後はその書物に署名する日だ、とヴィンセント。
「──マリア。」
と突然ひどく真剣な様子のヴィンセント。
「…何?」
「署名を、してしまえば本当に後戻りは出来なくなる。
…王族は離婚が認められていない。」
ひどく真剣なので詳しく聞くと
過去に一組だけ離婚しようとしたカップルがいたらしい。
離婚のためにその書物からページを破ろうとしたら2人とも掻き消えてしまった、という話が残っているとか。
幸いその人物は王太子ではなかったので内々で処理された、らしい。
「……え、待って。──なんでそういう"怪談話"みたいなことを今するかな?!」
怖い怖い!と急いで室内へと戻り、怖すぎるので布団に潜ることにした。
「ご、ごめん!」と焦るヴィンセント。
「もー…そういう話嫌いよ……」
と愚痴ればごめん、と一緒に布団に潜り込んだヴィンセントが私を抱きしめながら謝ってくる。
「…その、さっきの続きですまないんだが…それがあるから"もう後戻り"は出来ない……」
「──本当に、俺と結婚してもいいのか…?」
と不安に揺れる濃紺の瞳。
…彼は、いつも私を一途に自信たっぷりに愛してくれているが、反面大きな不安も一緒に抱えていたのだろう。
「──もちろんよ。私は、貴方しか愛さない。」
言うや否や深く深くキスをされる。
それから何度も合間に「愛している」と呟きながら唇を重ねていると段々と首筋へ降りてくる。
流されちゃマズいと考えるも首筋へのキスと彼の舌が這うのが気持ちよくて、くらくらと頭が働かなくなる。
が、胸元にキスマークを落とされたところで満足そうなヴィンセントが
「──今日はここまで。」
と私の額にキスをし
「おやすみ、俺のマリア」
「…おや、すみなさい…ヴィニー……」
──あ、これ…睡眠魔法だなと気付くも彼からならいいか、と私は眠りに落ちた。




