閑話. ウィルフレッドが回想する話。
テンポが悪くなるので1話に収めたら長くなりました。
街で襲われた話のウィルフレッド視点です。
「ふう… 今日はこれで終わりにしよう。」
首に巻いた手拭いで汗を拭きながら独りごちる。
──俺はウィルフレッド・クローヴィス。クローヴィス侯爵家の第1子で長男だ。次期当主になることが決まっている。
「先に失礼します!お疲れ様でした。あとお願いします!」一緒に畑仕事をしている農民に声をかける。
わっかりました〜若旦那様、お疲れ様でした〜!と遠くから返事が返ってくるのでそれに手を振って答え、その場を後にする。
…次期侯爵なのになんで農作業しているかって?
我が国ではそれが当たり前だからだ。建国から200年程経つそうだが当時から変わらないらしい。
領主と領民は仲が良いほうがいいに決まっているからこのやり方に疑問はない。……まあほんの一部、反感を持つ者はいるらしいが。
「さて、帰るか。」愛しの妻サラも待っている事だしな。
──「ただいま戻りました。」館に入る前に靴についた泥を落とす。
「おかえりなさい!」「ああ、サラ! ただいま。」
サラを抱き寄せ頬に口付けをすると、サラもし返してきてくれる。
その後、夫婦の部屋へと向かいながら話をするのが日課だ。
「今日も何もなかったか?」現在妊娠5ヶ月ほど。…大事にしなくては。
「ええ。 あ、今日はマリアちゃんと昼食を一緒にとったわ。」と嬉しそうに話す。「マリア、大丈夫そうだったか?昨晩は気落ちして帰宅したようだったが。」
昨晩は一生に一度のデビュタントの夜会で、出るときはすごく楽しそうに出たのに暗い顔をして帰宅したのだ。
「あぁ、ええ それなのだけど、昨晩のことは話してくれなかったけど10歳頃のことを聞かれて……」「10歳頃?マリアの?」頷きながらサラは話を続けるが
「…それで私、"あれ"のことを口にしてしまって……」立ち止まりサラの顔がみるみる曇る。
「そうか… でもマリアは大丈夫と言わなかったか?」泣きそうな顔でこくりと頷くサラの背中をゆっくり擦る。
「だったら大丈夫だ。いつだったか、話題にしても構わないと言い出したのは本人だったのだしサラがそこまで気に病むことはない。」
「でも、ぼーっとなって顔色も悪くなったようだったから…」
肩を抱き寄せ大丈夫だから、とこめかみ辺りに口付けを落とす。
「あれももうそこまで子供ではないし、心配しすぎるのも良くない。」
「そう、かしら…… うん、そうね…」小さな笑顔を見せるサラ。
部屋に着き、「俺は汗を流してくるから先に部屋にいてくれ。」と額に口付けをし浴室に向かう。
──"あれ"、か……俺たち3人が精神異常者に襲われた事件だ。
俺とサラの婚約式を控えたある日、マリアが一緒に街に出掛けてくれと強請ってきた。どうやら祝いの品を渡したい様子だったな。
俺たちの手を引きながらある工房へと向かう。俺もよく知っている工房だ。(なんせサラへの婚約指輪を頼んだ工房だから。)
「ここの工房ね、すっごく腕が良いの!」なんて言いながら後ろ向きに歩くマリア。
「こら。ちゃんと前を見て歩け!」「そうよ、危ないわよ。」と2人で嗜めるも「えへへ… 大丈、ぶっ」と結局ふいに現れた人物にぶつかってしまう。
「ほら!言ったそばからこれだ。 申し訳ありません!妹が失礼を。」急いで頭を下げる。
「申し訳ありません!お怪我などありませんか?」サラも謝っている。
マリアもぴょこんっと腰を曲げながら謝る。
…が、目の前の人物は黙ったままだ。
顔を上げよく見ると、どこを見ているのか焦点の合わない眼に、なにかブツブツと呟いているのか小さく口が動いている薄汚れた男性のようだ。
「あの……」マリアが口を開く。
といきなりサラがマリアの手を勢いよく引き男に背中を向けマリアを庇う形になる。
え?と思うと、男が何かを振り下ろした。
──鮮血が舞う。 一体何が─?
「キャァァァァ!!」大通り側から女性の叫び声がする。
その声で我に返り「サラっ!!! 貴様ッ何をするッ!!」と叫ぶも丸腰の俺では何もできない。
叫び声を聞きつけてか件の工房から人が出てきて様子を伺い、見定めると背後から男を取り押さえてくれた。
「…おねっ…おねえ、さま…? おねえさまおねえさまおねえさま!!!」マリアの悲痛な叫びが聞こえる。
「マ…マリ、アちゃん……怪我、はない…?」とにこりと引きつった笑顔を浮かべるサラ。
「わ、わたしは大丈夫…でも義姉様が……っ サラ義姉様…!!」
「サラっ サラ!!! っ誰か!医者をっ…サラを助けてくれ…っ」
縋ることしか出来ない自分が恨めしい。
「私がっ 助けるのっ」
言うが早いか一気にマリアの魔力が高まっていく。
身体が出来上がってないからまだあまり魔法は使うなと良い含めてあるはずだが…
「マ、マリア…?」というかこの子は…っ なんて濃い魔力だ……
あまりの高濃度さにマリアとサラを中心にゆるく風が渦巻いている。
マリアが何事か呟き、斬られた背中をゆっくりと撫でていく。
……みるみるうちに傷が塞がっていく…マリア、お前……
とても10歳の少女とは思えない表情を浮かべた横顔が見える。
魔力で薄く発光しているのか輪郭がぼんやりとしていて、まるで女神か聖母のようだ、と思った。
風が止み、ふぅ…とマリアが息を吐く。
ハッと我に返り「サ、サラ…?」愛しい彼女の肩を優しく揺すると、「…う、うぅん……」微かに身じろぎしゆっくりと一度は閉じた目蓋が開かれる。
「あ、あれ…私……」と起き上がろうとするので背中に手を回し支えてやる。
「かなり出血していたから無理に動いてはだめだよ。…痛いとこはないか?」
「ええ、少しぼぅっとするけど、他は全然なんともないわ。」
「良かった…」と2人で微笑み合う。
「ああ……良かった、義姉様… ほんとうに……」
と呟いたかと思うとそのままぐらりとマリアの身体が傾く。
「マリアっ!」「マリアちゃんッ」
地面に着く前になんとか抱き止めるも、そのまま気絶したようだった。
誰かが呼んでくれた憲兵がようやく駆け付けてきてくれて、取り押さえられている男を連れて行く。
野次馬もかなり集まってきていたが事の次第を全て見ていたのは道が狭かったのが幸いしてか最初に叫び声を上げた女性を始め他数人と工房の人たちだけでみな顔見知りだったためマリアの事を秘密にしてくれ、と頼み込んだ。…あまりにも強すぎると感じたからだ。
みなも同じように思ったのか絶対に秘密にします、と約束してくれた。
アレは、下手をすると国を滅ぼしかねない…
6年ほど経った今でも一切耳にはしないからみな秘密を守ってくれてるのだろう。
あのあと憲兵が呼んでくれたのか家の者が迎えに来てくれ、みなで帰った。
その日はサラも我が家に泊まることに。医師にも傷の具合を診せたかったし。
帰宅後2人で事の次第を両親とジョセフに伝える。…マリアの治癒魔法の事も一緒に。
……両親もやはり秘密にしたほうがいいと判断したようだった。
マリアを診せた医師には魔力がなくなっている事が分かってしまうから真実を告げ固く口止めをした。馴染みの医師だったからこちらも快く頷いてくれた。
使用人たちには告げないことになった。入れ替わることもあるから管理しきれないだろう、と。マリアが寝込んでいるのは幼い少女には刺激が強すぎたのだ、ということになった。
サラの背中の件は傷が浅かったから俺が治した、となっている。…実際は瀕死になる程の深いものだったが綺麗さっぱり跡形もなく治っていた。
(まあ、その……現場で治った背中を見せて貰ったはいいが鼻血を出してしまったのは今では笑い話だ。)
マリアはその後、3日間眠り続けた。
その間サラは我が家に泊まり込んで、時間の許す限りマリアのそばに居てくれた。
俺も農作業や次期当主になるための勉強の合間を縫って一緒にいたお陰でサラとの絆がますます深まったし、この女性を伴侶に選んで本当に良かったと惚れ直したのは言うまでもない。
マリアが目覚めた時も抱き合って喜んだ。(初めて抱き合ったからあとから恥ずかしかったな…)
サラの命を救ってくれただけでなく、俺たちの仲もより強固なものにしてくれたマリアには一生頭が上がらないし、彼女が困ったときは必ず助けようと2人で誓い合った。──それがすぐ試されることになろうとはその時は思ってもいなかったが。
「あー、さっぱりした。」1日の汗と泥を落とし気分も爽快だ。
「そろそろ夕食か… サラが気にしてたしマリアの事、よく見とくか。
…しかし昨晩、本当に夜会で何があったんだ…?無理に聞き出すのは気が引けるしなあ……」
──何があったとしても、彼女が助けを求めてきたら手を差し出すだけだ。
なぜならこの世で唯一無二の可愛い妹なのだから──。
弟もいるけど、事件のせいでシスコン気味に。




