マキナと、チマリと……前編
時は遡り、ヒイラギとタンポポのテストが始まる時間。
「やっぱり、ヒイラギのテストは人気だなー。人が多すぎて、見えないや」
「マキナさんだって、入試二位に恥じない魔法でしたよ」
「見ててくれたのか、チマリ」
「もちろんです。ところで、ヒイラギさん、今日1日ずっと見かけませんでしたけど」
「ああ、あいつらなんかコソコソと特訓してたな」
「それはそれは、また何か企んでるんですね」
「相変わらず、すごいな」
そう、ヒイラギは相変わらずなんだ。
初めてあった時もだ。
俺がステータスを共有してなんとか戦えたザック先生にだって、あっさりと勝利してしまった。
俺との模擬戦もそうだ。
全力でぶつかったにもかかわらず、スキルを半分とはいえ見極められた。
あの状況で、視界を共有しているなんて誰が考えつくと言うのだ。
同じ転生者と言う立場でありがながら、ヒイラギと俺には明確な差があった。
試験の結果は、一位と二位。
しかし、そこにも差がある。
ヒイラギは、満点の一位。
俺は、1400点の二位。
そこには、100点の差があるのだ。
学園が始まってからも、変わらずすごい。
授業で見せた、あのタンポポを咲かせるパフォーマンス。
あれを見た時、純粋にすごいと思った。
しかし、後から少しずつ少しずつ俺の心を劣等感が蝕んだのだ。
ヒイラギは、生徒会執行部への入部も決めたらしい。
学年一位の特権。
どうして、同じ転生者なのにここまで差があるんだろう。
そう、考えることもあった。
まあ、その答えは単純だ。分かっている。
ただの努力の差だと言うことは。
俺は、自分のスキルを使い入試の突破方を考えている間、ヒイラギは純粋に体を鍛えて魔法を練習した。
自分のスキルを磨くことだって間違っていない、けれど、少し自分が恥ずかしくなった。
このスキルがなかったら、二位にすらなれていなかった。
このスキルがなければ、俺は弱い。
そう考えることも、多々ある。
「どうしたんですか、マキナさん、そんな暗い顔をして」
気づけば、表情に感情が出ていたようだ。
取り繕わなければ。
「そうか?もしかしたら、テストで疲れたのかもな」
「そうですか」
こんな感情を、相談できるわけがない。
そんなのは、恥ずかしくて、みっともなくて、醜い。
「マキナさんも、十分すごいですよ」
「え?急にどうした」
「いえ、別に」
もしかして、チマリには分かっているのだろうか。
「見ててくださいねマキナさん、私は近いうちにヒイラギさんを超えて見せますから」
チマリは、入試のときからヒイラギを目標にしている。
ヒイラギにコテンパンにされたのが気に食わなかったらしい。
すごいな、チマリは。
俺も、単純にヒイラギを超えたい。
そう言えたらいいのに。
どうしてか、二番に甘んじてしまう自分がいる。
どうせ、差は埋まらないって。
ヒイラギのテストが終わった。
そのときだった、すぐそば、で悲鳴が聞こえた。
その悲鳴の傍らには、地に横たわる人。
そして、どこからか現れて、佇んでいた、魔の影。
初めて見るその姿は、恐ろしかった。
前世で言うところの、小悪魔。
体は、黒に染められ、小さな翼と小さめのツノ。
身体は、引き締められていて、筋肉の質の高さが伺える。
凶悪な牙。
血走った眼。
地に染まった、鋭利な爪。
背筋が凍った。
先ほどまで、笑っていた人間が、帰らぬ身になって地に伏している。
恐ろしかった。
信じられなかった。
初めて出会う邪悪に、俺は声が出なかった。
自分が、今そこに立てているのか。
今息を吸えているのか。
そんな、浮遊感。
小悪魔が、こちらを向き、笑う。
次はお前だと言わんばかりに。
そして、爪をこちらに伸ばしてくる。
ああ、やられる。
動かなきゃ。
動かなきゃ。
でも、ダメだ。
まだ俺は、悪夢の中で。
自分の体が言うことを聞かない。
誰か、助けてくれ。
誰か……。
誰か……。
誰か……ヒイラギ、助けてくれ。
そのとき、俺の視界は青の炎に染まった。
「マキナさん!何をしてるんですか!」
その言葉で、我に帰る。
何をしてたんだ、俺は。
呆けてる場合じゃないだろう。
戦わなきゃ。
まだ、あいつは生きている。
あの小悪魔は、燃えながらも、まだ戦う意思を絶やしていない。
殺せ。
あいつを殺せ。
心の底から湧いてくる、なんと名付けていいのかわからない感情に、身を任せ。
スキルを振るう。
発動スキルは、火炎。
普段から、よくヒノスケに使っているからなれているし、今この状況にはきっと適している。
チマリの出した炎を操るのだ。
俺は、温度の高い青い炎を操り、その炎を開いた小悪魔の口に突っ込む。
それでも、まだあいつは健全だ。
ならば。
俺は、腐敗、という触ったものを腐らせるスキルを発動し、空気を腐らせる。
そして、空流、というスキルを用いて、その腐ったガスを小悪魔の口に流し込む。
すると、小悪魔は木っ端微塵に爆発し、消し飛んだ。
「大丈夫ですか、マキナさん」
「ああ、助かったよ、チマリ」
「今のは、魔王軍がよく扱う兵士といわれる、グレムリンという魔物です。ゴブリンなんかとは比べ物にはならないほど、強いです」
「そうなのか。でも、それがどうして」
「さあ、何者かの手引きでしょう。それよりも」
チマリは頭の上に炎を揺らめかせて、東を向いた。
「あちらの方に、大量発生しています。炎で感知しました」
「この人ごみには?」
「いるでしょうね。しかし、この騒動の中では、とても探せないです」
人々は、パニックに陥り、どこへとなく、走る。
「ならば、騒動に流されるのではなく、あちらに向かい、あれを食い止めるのが、私たちにできることだと思うのですが。私は、行きますよ。マキナさんはどうしますか?」
「行くよ。もちろん」
ヒイラギは、まだステージに立ち尽くしている。
今だ。
あいつとの差を埋めるなら今しかない。
グレムリン供を殺す。
殺す。
あいつらを殺して、俺は……俺はどうするのだろうか?
本当にそんなことで、差を埋められるのか。
分からない。
けれど、やるしかない。
「そう、ですか。では行きましょう、マキナさん。くれぐれも冷静に、ですよ」
「分かってるよ」
そして、俺とチマリは炎を纏って、空を飛ぶ。
視界の端に見える、黒の大群に向けて。
移動中、頭の中に生徒会長の声が響いた。
逃げろと言っている。
「マキナさん、どうします?生徒会長からの命令ですけれど……」
けれど、逃げるわけにはいかない。
俺は、戦わなければいけない。
「行くに決まってるだろう?」
「そうですか。じゃあ、私もそうしますよ。一人で戦えるほど、魔物は甘くはありません」
「ありがとう」
「……そんな顔の人間を一人にしておくわけにはいきませんからね」
チマリが何を言っているのか、俺には聞こえなかった。
そして、俺たちは、黒の大群の元までたどり着いた。
「まずは、私の残った魔力を全て炎に変えて、打ち下ろします。炎さえあれば、いくらでも操れるので。そうすると、マキナさんのスキルが火炎以外使えなくなりますが」
「大丈夫だ、体に魔力でカバーをつけるから。魔力切れまでは炎があっても問題ない。それに、切れたら切れたで魔物のステータスを共有すれば、また使える。それでもの時は、火炎だけで戦う」
「分かりました。では、行きます」
チマリは、大きな大きな魔法陣を組み上げていく。
そして、浮かび上がった魔法陣は幾何学模様に包まれた複雑なものだった。
チマリは、こういうことが、得意なんだ。
長所のない、俺とは違って。
黒の軍勢は青というよりも、蒼の炎に包まれる。
それで、倒れるものもいたが、そう簡単にはいかない。
まだまだ、多くの勢力が残っている。
「降ります!マキナさん!協力して戦いましょう!」
「わかってるよ!」
俺たちは、魔の中に身を投じた。




