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素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第八章 救世主(サルヴァドーロ)
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第九景 指令室

 無線を切る。サルヴァドーロとの交信が途絶える。ゴドー輸送指令は、背もたれに大きく身体を投げ出すと、息を吐いた。呆気と安堵の入り混じった溜息だった。何気なく、自分の周りに倒れている指令員たちを見下ろす。全員、腕を電気のコードでくくられ、口にマウスで猿ぐつわを嵌められている。輸送指令の手許にはピストルとコニャック瓶が置かれていた。


「それだけの情報で、爆弾の位置は掴めるのでしょうか、あの子は」


 聞き覚えのある声が後ろからした。輸送指令は驚いて身体を向き直す。


「……総社長。てっきりサンティアゴに行ったものと。いつからここに?」


「貴方が彼と交信を始めた頃、と言えば宜しいでしょうか?」


 唐突な彼女の出現にゴドー輸送指令は目を皿にしたが、やがて諦めたように肩をすくめた。


「彼なら大丈夫。聡いですから。それより、スチーブンソンの方はどうするんですか?」


「サンティアゴへは既に夫と彼の部下を向かわせました。フィリップ・スチーブンソンについては、既にその身柄を拘束しました。貴方の緊急メールで、先手を打つことができました」


 事務的な内容を話すように淡々と述べる。マリアンヌの視線は輸送指令から全く動かない。


「理由を聞かせて頂けませんか、ゴドー輸送指令。それとも」マリアンヌは一息ついてから、スペイン語で言った。「本名で呼んでも宜しいのであれば、ホセ・マリア・ゴルドン」


 ゴドー輸送指令は力なく笑った。


「……変装と演技、結構自信があったんですけどね」


「正直、私も最初は自分の憶測に確信が持てませんでした。ですが、貴方の


 エスペラントには、スペイン人特有の訛りがあります。それも、ガリシアの人間の。ゴドー輸送指令にも、テオドーロにも、その訛りは見受けられました」


「よくご存知ですね、ガリシアのことを」


「貴方と旅した後も、何度もサンティアゴに赴き、当地の人が話す言葉に耳を傾けたものです。ですが、私に一番確信を与えたのは、食事をご一緒したときに貴方が私に語った言葉です」


「何ですか?」


「鉄道が点と点を結ぶただの道具へと堕している。友人にそのようによく言われたと、ジャックが言っていました。貴方が本物のテオドーロなら、私はただの偶然の一致として受け流していたでしょう。ただ、申し上げた別の理由も重なり、貴方と判断するに至ったのです」


 ゴドー輸送指令は溜息をつく。


「……どこから話せば良い、マリアンヌ」


「動機は……何ですか?」


「個人的な恨み……と言えば、嗤うか?」手許のコンピュータの画面に目を落とす。


「フィリップは、ジャックに恨みを抱いていた。お前の伴侶になったハリーは、あんたに恋心を抱いていたんだけれど、ジャックに遠慮していてさ。それで兄貴の方が弟を誘ってジャックを殺そうとした。ハリーは最後まで抗っていた。結局、貨物列車にジャックが轢かれたから、フィリップは手を汚さずに目的を達成できた。でも、ジャックの親友の俺としては、フィリップが許せなかったのさ」


 ゴドー輸送指令は、マリアンヌを見上げた。かつての想い人の死に触れても、マリアンヌは総社長然とした顔のまま、問いただすような表情を一つ変えようともしない。


「ただ、相手は大財閥の御曹司。俺みたいな一介の大学生が対抗しても、社会的に抹殺されるのが関の山。そこで考えた。生前、ジャックから、お前がことによると妊娠したかもしれないって話を聴いていた。良家のお嬢さんだからそんなこと真正面から聴いても否定されるだけだろうと思って、一つ、芝居を打つことにしたのさ。堕ろしでもされたら困るからな」


 ふと、マリアンヌの顔に動揺が浮かんだ。・


「では……あの子は本当に、私の……」


「ああ。君とジャックの子供だ」


 ゴドー輸送指令は目を逸らしたまま、話を続けた。


「あの子がジャックくらいの年齢になるまでうちで育てようと思っていたんだが、俺としたことが、世界鉄道の中であの子を見失ってしまった。それから俺は、欧州中の駅という駅を訪れ、あの子を捜し続けた。お前との約束もある手前、気が気でなかった。幸い、あの子が無線越しに知り合いだった有能な運転士に成長していたことを知って、俺の計画は上手く進んだ訳だ。しかし、あそこまでジャックに似て育つとはな」


「ブリュッセルのテロ事件も、貴方の差金なのですか?」


「『かがみぐさ』の不満分子を見つけて、上手いこと口車に乗せてやった。目撃者だけが必要で死人は出したくなかったから、俺自身ブリュッセルの現場に立ち会った。治安当局を押さえているスチーブンソン派の息の根を止めようと思ったんだが、事態があらぬ方向へ進んでしまって。そんなとき、あの子が見つかったから、別の計画を立てることにした」


「『クォー・ワディース』とフィリップ・スチーブンソンを結びつけたのですね」


「エトワール宮で面会もさせた。フィリップの意向で。あいつも敵陣で大胆なことをする奴だ」


「スチーブンソン側としては、『かがみぐさ』に対する世界鉄道の非人道的な対応と、列車事故の悲劇を、メディアを通して大体的に報道することで、我々に大きな攻撃をしかけようとしていた。そして貴方は、スチーブンソン側よりも前にその情報を我々にリークすることで、かえってスチーブンソン側の大スキャンダルとしてこの事件を取り扱い、スチーブンソン側の一掃を図ることを期待した。そのために、スチーブンソン側に人身売買の実施を促し、マクジョゼフ側にはバーテンダーを通じて情報を吹き込んだ。そして、表彰式で二人を対面させて、フィリップの殺意を掻き立て、それを利用してマクジョゼフを乗り込ませ、自分と連絡を取らせた。こうして貴方は、裏ではテロ事件の首謀者でありながら正義の味方と評され、宿敵のフィリップ・スチーブンソンは望み通り世界鉄道から駆逐されることになった」


「随分と調べがついているな。ジャックの言うとおり、グロワール伯爵家の力は恐ろしいな」


「遠隔操作も、全部貴方がしていたことなのに、わざわざあんな芝居を打たなくても」


「いや、遠隔操作は、アストルガからはスチーブンソン派の指令員に切り替わるはずだった」


「ということは、貴方は彼を殺そうとしていたということですか……」


 マリアンヌの語気が強くなる。ゴドー輸送指令は真面目な表情で顔を上げた。


「最初はそのつもりだった。あいつが悲劇の英雄になるシナリオを考えていた。そうでもしないと、この鉄道の鉄壁は崩れないと思った。でもな……親友の子を殺せる奴がどこにいるんだ」


 マリアンヌは、ゆっくり歩を進め、ゴドー輸送指令の手許に置かれたピストルを手に取り、ワンピースのポケットの中に収めた。ゴドー輸送指令は、溜息をついて、立ち上がった。指令室の扉が開き、外からマリアンヌのボディガードが現れ、ゴドー輸送指令を囲んだ。


「マリアンヌ」


 輪の中から、ゴドー輸送指令が首を伸ばした。


「あの子の名前は、『マツォヨーゼフォ』だ。気をつけろ、気にしているから、あいつ」


「……分かりました」


 マリアンヌはためらいがちに、その背中に声をかけた。


「……一つ伺いたいのですが。『クォー・ワディース』とは、貴方が世界鉄道に突きつけた言葉だったのでしょうか?」


 ゴドー輸送指令はボディガードを止めて振り向くと、力なく微笑んだ。


「あれに続く言葉には二つある。一つは、『我々の民を見捨てるならば、もう一度十字架にかけられよう』という、外伝からの引用。もう一つは、『私が行くところに貴方は今はついてくることはできないが、後になってから、ついて来ることになろう』という、ヨハネの福音書に書かれた台詞。前者でテロリストの意図を解釈すれば、『かがみぐさ』は世界鉄道に絶望し破滅の道を進むという意志を表す。一方、後者で解釈すれば、『かがみぐさ』は世界鉄道との共存に一縷の望みを託している、とでも言えるか。俺は君の選ぶ解釈に、両者の未来を委ねたのさ」


 ボディガードがゴドー輸送指令の両腕をむんずと掴む。


「あの子に一つ、伝言を頼む。本当のこと伝えるっていう約束、守れなくてすまない、と」


 マリアンヌは目を見開く。


「お前からあの子に話してくれ。俺もこっちが終わったら、そっちの罪滅ぼしをしに向かうさ」


 ボディガードに連れられて、輸送指令は指令室から連れ出されて行った。


 マリアンヌは、コンピュータの並んだ白い机に手をつくと、力なく椅子に座り込んだ。


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