表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第八章 救世主(サルヴァドーロ)
40/46

第四景 貨物線

 銀色に光る流線型の列車は、畑の広がる平原を、火花を散らして走っていく。途中、長蛇の列の貨物列車とすれ違うたびに、相手側の運転士の驚く顔が窓から見えた。


「おい、もっと早く出せないのか?」速度計を見ながらジーモンが唸る。


「これでも充分出しているよぅ! 貨物線は高速運転用には作られていないんだ!」


 運転士は泣き出しそうな声を上げた。


「今、どこらへん?」バルバラが尋ねる。


「どこらへんと言われても、俺も貨物線は走ったことがねえからな。本線で言えば、ログローニョは過ぎたと思うぞ」


「じゃあ、次の大きな街がブルゴスってことね」


 運転士は相変わらずおずおずと二人に視線を送っている。


「何だよ」


「ジーモン。も、もしこれが上にバレでも、お、俺は悪くないよな……?」


「悪くねえどころか、大仕事したって褒められるぞ。罰は俺が受けるからどんどん飛ばせ!」


「全く、器が小さいわよね、この子」バルバラは言いたい放題だ。


 列車は尚も快走を続けた。やがて、列車の前方に街並みが広がってきた。


「見て!」バルバラが扉の窓を指差した。列車の右側に、小さいが架線とレールが見えてきた。


「間違いねえ。あれが巡礼本線だ!」


 列車が斜面を走り出す。二つの線路を背負った斜面は高架線になり、巡礼本線の上に覆いかぶさるように高くなった。やがて下り坂を滑り降り、貨物線の上下線は巡礼本線の上下線を外側から挟み込むようにして、並走路線に入った。列車は程なくしてブルゴス駅を通過した。


「輸送指令、『ペレグリーノ八一三号』は三十秒前にブルゴス駅下り貨物線を通過しました」


「了解です」受話器越しに輸送指令は落ち着いた声で言った。「皆さんが追跡している『ペレグリーノ三一五号』は、今のところノンストップでサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かっています。車掌の乗車中の列車から一キロ先の地点にあります」


「一キロ先? もうそこまで来ているんですか?」


「あれじゃない、もしかして?」


 バルバラが指差した先に、微かだが流線型の最後尾が見えた。


「ここから八キロほど、直線区間が続きます。向こうの列車の速度はそこまで出ていない。追いつくとしたら、この区間が勝負です。存分に加速してください」


「ありがとうございます」受話器を置くと、ジーモンは哀れな運転士に怒鳴った。


「もっと速度出して良いと輸送指令直々のお達しだ! ぶっ飛ばせ、マーカス!」


 列車は速度を上げる。列車の右側には、黒い車道を歩く巡礼者の行列が見える。


「そういえばあんた、あの列車に追いついたあと、どうするつもりなの?」


「決まっているさ」ジーモンはきっぱりと言った。「乗り移るのさ」


「まさかとは思ったけれど……スタントマンじゃないのよ? あたしたち」


「何言っているんだ。よく聞け。隣同士を走る列車と列車の幅はわずか一メートル。俺は二メートルある。少し足を伸ばせば届く距離だ」


「でもそんなこと……」


「おいマーカス、あの列車に追いついたら、速度を可能な限り一緒にしろ。無線機借りるぞ」


「ちょっ……ちょっと!」


 運転士を無視して、ジーモンは客車の方へ走っていった。バルバラが急いで追いかける。


「あんた本気? それとも死ぬ気?」


「死にてえわけがねえだろう。馬鹿な俺なりに考えた最善の策だ」


 ジーモンはふと立ち止まると、バルバラの両肩にたくましく温かい手を置いた。


「なあ、バルバラ。俺を信じてくれないか?」


 焦げ茶の透き通った瞳が、真っ直ぐにバルバラを見つめた。固い意志の浮かぶその顔で尋ねられると、もう断ることはできない。


「……分かったわよ。乗り掛かった船だもの」


「よし」ジーモンは白い歯を見せて笑い、バルバラの頭を撫でた。


 列車はついに「ペレグリーノ三一五号」を捉えた。最後尾から徐々に前へ前へと追い抜いていく。中の様子はハーフミラーのせいで全く見えないが、おぼろげに人のような影が見える。


 ジーモンは無線機を取り出した。


「マーカス、聞こえるか? 先頭車同士を並べる必要はねえ。……もう少し下げられるか? 馬鹿、やり過ぎだ、やり直せ。……そうそう、お前才能あるな。よし、そこで速度を同定しろ」


 扉の前で通話するジーモンの前に、隣の列車の乗降扉が見えた。確かに手を伸ばせば届きそうな距離にある。ジーモンは近くの小部屋に入ると、迷うことなくレバーを下へ引き下げた。


「今のは車掌スイッチだ。停車時でないと誤作動しても扉が開かねえよう、普通はロックがかかっているんだが、今そのロックを解除した」


「あたしに何か手伝えることある?」


「そうだな」振り返り、車掌室のスライド式の扉を引いた。「これぶち抜くの、手伝ってくれ」


 二人が力一杯に扉を蹴飛ばすと、扉がレールを外れて壁に倒れかかった。ジーモンはそれを片手でひょいと持ち上げると、乗降扉の横の緑のボタンを押した。音を立てて扉が開く。列車の轟音が耳を覆い尽くし、風が髪に強く当たる。


 ジーモンは大きく深呼吸した。そして、右手に車掌室の扉を構えると、槍投げでもするかのように大声を上げて腕を振った。すがすがしい音を立てて、車掌室の扉は鮮やかに隣の列車の乗降扉をうち倒した。ジーモンは拳を上に向かって強く突き出した。


「何だこの脆さは。もっと仕事しやがれ、整備工場!」


「あんた騒ぎ過ぎよ。誘拐犯が気づいたらどうするの?」


「気にするな。じゃあ行くぞ」


 そう言うとジーモンは段を下り、扉の手すりを両手でしっかり握りこんだ。慎重に左足をもう一方の車両の扉へ伸ばす。突風が制服の黒ズボンを強く殴り、裾が波立つ。数回の試みの後に、ジーモンはようやく足を隣の列車につけた。


 その時、突然左足が前へ滑った。若干自分の列車が速くなったのだ。ジーモンは急いで左足を浮かす。風で身体が大きく揺すられ、バランスを崩しそうになる。バルバラは血相を変えて無線機にがなり立てた


「ちょっと何やっているのよあんた! もう一度ちゃんと速度合わせなさい!」


 ジーモンは歯を食いしばって体勢を取り戻し、左足を右足の隣に戻した。扉と扉が、再び面と向かい合う。もう一度やり直しだ。今度は思い切って足を床につける。左手を慎重に手すりから離すと、風に大きく煽られるまえに、素早く隣の列車の手すりを掴んだ。


「よし!」バルバラはガッツポーズをした。


 風を避けるように顔を横に向けながら、ジーモンが叫ぶ。


「バルバラ! 俺の身体に掴まれ!」


「分かった!」


 バルバラは無線機を腰に付けると、覚悟を決めて、ジーモンの背中に抱きついた。ジーモンの身体が沈む。ジーモンは顔を赤らめながら、曲がった膝を再び伸ばし切った。


「……すまんな。俺と運命を共にさせちまって」


「何格好つけているの。サルヴァドーロに会うまでは、あたしは絶対に死なないわよ!」


「……行くぞ!」


 ジーモンはゆっくり右手を左の列車へ伸ばす。右足の乗る列車の速度が急に落ちる。反動で思わず右足が払われた。ジーモンの右半身が宙に浮いた。


「しまった!」


 ジーモンは歯を食いしばって、手すりを掴む左手に身体を引き寄せた。左腕の力こぶがはちきれんばかりに膨らむ。二人の体重で、心なしか列車が傾く。バルバラは腕をジーモンの胸に回し、足を腰に巻きつけて、必死に抱きついた。バランスを崩してジーモンの左足が払われれば、もう立ち直れない。


「……このまま、横に突っ込むぞ!」


「分かった!」


 ジーモンは腹の底から叫び声を上げて、腕を曲げ、そのまま身体を列車の中に投げ込んだ。


 固く激しい音を立て、倒れた扉の上に二人の身体が覆いかぶさった。寝転がりながら、ジーモンは肩を上下させて息を吐いた。ジーモンたちが乗っていた列車は速度を落としていく。


「……死ぬかと思った」


 バルバラはジーモンの身体に抱きついたまま、そっとその首にキスをした。


「あんたの馬鹿力、最高よ」


 二人は立ち上がり、車内を覗き込む。二人の乗り込んだ最後尾には人の影が見えない。ジーモンは尻をはたきながら言う。


「この列車、もしかして空っぽか?」


「……そんなことないんじゃない?」


 ジーモンの後方を指差すバルバラの顔は強ばっていた。ジーモンが後ろを振り返ろうとすると、背中で鈍い音がした。急いで向き直ると、自分の胸元に冷たい銃口が当てられていた。サングラスの鉄道員が、静かにジーモンを見上げる。


「お、おい、ちょっと待て! 車内は火器(・・)厳禁!」


 両手を上げるジーモンに構わず男は引き金を引こうとした。とっさにジーモンは男を股の間から天井へ向けて蹴り上げた。銃声が響き、銃弾は天井を貫く。男は頭を強打し、悲鳴を上げて床に倒れた。すかさず男の身体を抱きかかえると、扉の前に連れ出す。


「乗車ご遠慮…………願います!」


 扉から力の限り男の身体を投げ飛ばす。バルバラが血相を変える。


「ちょっと!」


 男の身体は並走する列車の扉をぶち破り、車内の床に伸びてしまった。それを見たバルバラが、安堵と呆れの混じった溜息をついた。「……案外あっさり乗り移れる方法もあったのね」


 自動ドアのすりガラスに、紺地に箒星の流れる制服が次々に浮かび上がる。銃声を聞いて、男の仲間が駆けつけてきたようだ。ジーモンはバルバラと共に、反対側の扉の近くに隠れた。


 サングラスの鉄道員が駆け足で辿り着き、倒れた扉の前で訝しげに腰を屈める。それを狙ってジーモンが唸り声を上げて横から飛びかかり、扉の壊された隣の列車にそのまま男を投げ込んだ。先に並走列車で伸びていた鉄道員が短い悲鳴を上げる。ジーモンに掴みかかろうとする鉄道員を、バルバラが足をすくって床に転がし、ジーモンがさらに隣の列車に投げ込む。流れ作業のような連携プレーのあと、最後の一人は押収したピストルを突きつけながら、懇切丁寧に降車を促した。もちろん、相手は足をすくませて動かないので、親切なジーモンが隣の列車に飛び移るのに手を貸してやった。向こうの列車の扉が伸びた鉄道員の山で埋まったところで、ジーモンはバルバラから無線機を受け取り、運転士に連絡した。


「任務完了だ。お前の運転技術に惚れちまったぜ。あと、なりゆきで犯人グループ数名がそっちの列車に行っちまったんだけれど、丸腰だし、まあ気にせず突っ走ってくれ」


 断末魔の叫びのような運転士の声を最後まで聞かずに電源を切ると、二人は車両を移動した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ