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素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第八章 救世主(サルヴァドーロ)
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第二景 ルテティア第一車両基地 

 ジーモンは赤く腫れた顔で、出庫点検のためにルテティア第一車両基地へ向かった。足取りも重く、車内点検も良い加減だった。ジーモンは昨夜、眠ることなくずっとサルヴァドーロを捜していた。しかし、パリ中央駅に彼の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 ジーモンは車内点検を中断し、近くにあった座席に力なく座り込んだ。座ると、頭が勝手に動き出す。そして、サルヴァドーロのことを思い出し、後悔の念に苛まれ、涙が止まらなくなる。だから、ジーモンは、夜の間中ずっと歩き通した。それでも今は座り込みたいほど、身体が疲れていた。シャツの中から、徐ろに金色の鍵を取り出す。朝の光が窓からこぼれ、鍵は美しく煌めいた。

 

 突然、車内から人の寝息が聞こえた。ジーモンは驚いて立ち上がった。鍵をシャツの中へ戻し、怪訝な顔で通路を歩く。窓に差した光が動いた。ジーモンはそこで寝ていた人物を見て、思わず大きな声を上げた。


「バルバラ?」


「はい……はいっ?」


 弾かれたように飛び起きる。うつろな目が、ジーモンを捉えて大きく見開かれる。目を点にしている相手に構わず、その胸に飛び込んだ。


「ジーモン!」


「ど……どうしたんだ、バルバラ? 何でこんなとこにいる?」


「大変なのよ、あの馬鹿!」


「馬鹿って……兄貴はどうなったんだ?」


「分からない。分からないけれど、この車庫にあった列車に乗せられて、そのまま出発していってしまったみたい。携帯取られちゃって、あんたに連絡できなくて……」


「列車にか?」ジーモンは念を押す。「その車両はどの線路にあったか覚えているか? それが分かれば、出庫記録に基づいて車両を割り出せる」


「簡単よ!」バルバラは外を指差した。「暗くて見えなかったけれど、私は隣の線路にあった、この列車に乗っただけだから。だから、サルヴァドーロの乗って行った車両は、その線路!」


「了解だ。バルバラ、ちょっと来てくれないか?」


「もちろん!」


 二人は走って運転室へ向かった。


 痩せぎすの運転士が驚いた表情で二人を見る。


「ジーモン、ど、どうしたんだいその表情? それからこの人、誰?」


「無線借りるぞ、マーカス」運転士を無視して、輸送指令所に連絡を取る。二回の呼び出し音の後に、輸送指令が電話口に出た。


「はい、輸送指令のゴドーです」


「こちら『ペレグリーノ八一三号』車掌のブライプトロイです。唐突ですみませんが、同僚が鉄道警察に扮した何者かに誘拐されました。そいつらを追いかけたいんです。それで、今から言う情報を元に、そいつらが乗っていった列車を調べて欲しいんです!」


 ジーモンは必要な情報を一気に喋った。輸送指令は、喋り続けようとするジーモンを宥めようと努力しながら、ようやく列車を割り出した。


「……『ペレグリーノ三一五号』、新パリ駅発サンティアゴ・デ・コンポステーラ行き。これを見る限りでは、時間通りに新パリ駅を出発していますね」


「本当か? だったら、まだ出発して十五分も経っていないじゃないか」

業務中の敬語使用も忘れて、ジーモンは目を輝かせて言った。


「本件について、ご連絡頂き、ありがとうございます。急ぎ世界鉄道中枢に当ハイジャックについて連絡します」


「俺たちも、急いでその列車を追いかければ良いんじゃねえか?」


「それが、今しがた発生したエトワール宮駅での人身事故の影響で、巡礼本線下りが運転を見合わせているところなんです」


「人身事故だって?」


「代替案として、一度貨物線に乗り入れて、ブルゴスまで行くのはどうでしょうか? そこから先は、レオンまで貨物線と巡礼本線が並走します」


「……なるほど。レオンからはペレグリーノ号は高速路線に入っちまうから、それまでに追いつけるかどうかが勝負ってことか」


「どういうこと? どうして貨物線なの?」耳をそばだてていたバルバラが尋ねる。


「巡礼本線をそのまま走って追いかけても、前の列車が邪魔で兄貴の列車に追いつけねえだろう? ブルゴスからレオンまでの間は本線と貨物線が隣り合わせになって走るから、その区間の間に、横に並んで追いつくことができるかもしれねえんだ」


「只今、『ペレグリーノ八一三号』の貨物線入線を許可しました。旅客運転を取りやめ、そのまま貨物線を走行してください」


 ジーモンは思わず目を皿にした。


「良いんですか、そんなことして……?」


「これは世界鉄道史上初のハイジャック事件です。何としてでも未曾有の大惨事を防がなければなりません。私は貴方がたの勇気と決意に、全面的に協力します」


 輸送指令の言葉に、ジーモンの目頭が熱くなった。


「ありがとうございます! 俺、この恩は一生忘れません!」


 ジーモンは無線を切った。運転士が不安げに顔を上げる。


「それで……? 何て言ったんだい、輸送指令?」


「良いから早く動かすんだ。この列車は今から貨物線を走行する」


 運転士は情けない声を上げて驚いた。


「な、なんだってぇ? こ、この列車は、旅客運転をするのであって……」


「あぁもう、融通の利かない奴だな。さっさと発進しやがれ! 片耳潰されてえのか!」


「で、でも、この列車の指定席予約した人だっているし、突然キャンセルになったら……」


「全くラチが明かないわね。早く動かしなさいよ! でないと窓から突き落とすわよ?」


「あ、バルバラ、それはさすがに困る。俺、運転の仕方分からねえからさ」


「ジーモン……困るよぅ。僕のIDカードを勝手に取っていくし、今度は予定とは違う路線を走れだなんて……」


「それとこれとは別だろうが、馬鹿!」


「でも……」


 おどおどする運転士に、両脇に立った二人が牙を剥いた。


「早くしやがれ!」


 哀れな運転士は、二人に抗うことができず、車庫から列車を発車させた。


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