第一景 パリ中央駅 七月二十五日
七月二十五日、日曜日。今日は聖ヤコブの日だ。
寝覚めの悪い朝だった。ジュディは珍しく髪を乱したまま、エトワール宮へ出勤した。同僚への挨拶にも身が入らない。肩に掛かった髪の毛を鬱陶しそうに払いのけ、ロッカーの扉を開ける。そして、カバンをロッカーに入れようとしたとき、ふと手が止まった。
封筒が目に留まる。ジュディの寝ぼけ眼が、一瞬にして大きく開いた。火傷するのを怖がるかのように、怖々と封筒を手に取る。逆さまにして、手のひらに中身を出す。
中から、五百ユーロ札が出てきた。六枚だけ。札束と呼ぶにはあまりに頼りない。ロッカーを強く閉めると、ジュディは我を忘れて部屋を飛び出した。
エトワール宮駅を彷徨い歩いた。手荒に済ませた化粧が、涙に崩れていく。涙を拭って汚れた手を見つめた。三千ユーロは、無情なほどに軽かった。涙で目の前が見えなくなってきた。
自分は、サルヴァドーロを売ったのだ。
ふと、頭上のスピーカーから、列車の入場を告げるアナウンスが聞こえた。ジュディは駅の壁に空いた大きな暗い穴を、茫然として見つめた。次第に、穴の中から、ほの明るい二つの光が見えてくる。ジュディの足は、ホームの前へ前へと、ふらふらした足取りで進んでいく。列車の先頭が現れた。ジュディはつま先をホームの縁に掛けた。駅中に大きな警笛と車輪の悲鳴が聞こえる。ジュディは目を閉じた。脳裏に、サルヴァドーロの顔がよぎった。
足を離したジュディの身体が、大きく横に吹き飛ばされた。近くから悲鳴が上がった。列車が警笛を鳴らしたまま目の前を通り過ぎていく。ジュディは背中をホームに強く打ちつけた。誰かが頭上で叫んでいるのが分かった。
「ジュディ! ジュディ! しっかりしろっ……」
頭が重たい。足の感覚もなくなっている。ジュディはごろりと目を動かした。ジョヴァンニが血相を変えて、必死に自分の名前を呼んでいた。その周りには、誰が呼びつけたのか、救急隊員の姿もあった。ジュディは静かに微笑んだ。瞳にはもう、何も映らない。雑踏が消え、轟音が消え、アナウンスが消え、全ての音が消滅するとともに、彼女の意識も遠のいていった。




