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素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第七章 祝賀会(さいごのばんさん)
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第六景 マリアンヌの告白

「ただいま」


 仕事を終え、王家の丘に帰ってきたハロルドは、上着を脱ぎもせず階段を上がっていった。向かった先はマリアンヌの部屋だった。扉の前で、考え直すように立ち止まる。脳裏には、今日の表彰式での出来事が浮かんでいた。

ハロルドは、フィリップという人間をよく知っていた。この兄の本性を知る者からすれば、彼の外面の良さに不気味さまでも感じるだろう。それほど、彼は内と外で見せる表情が違った。だが、表彰式で彼が見せた表情は、ハロルドがよく知る兄の本当の姿に近いものだった。それだけ、今日は彼の心の制御力が弱くなっていたのだ。


 かつての親友に瓜二つの男が、今日、現れた。ハロルドは目を疑った。妻は驚きのあまり床に倒れ込んでしまった。しかし、何よりハロルドの心に引っかかったのが、フィリップが外側で初めて見せた、敵意に満ちた表情だった。


 妻の部屋の扉には鍵がかかっていなかった。開いて中に入ると、驚いた表情のマリアンヌと対面した。我に返ったマリアンヌは、急いで手許の物を机の中に隠した。ハロルドが近寄り、引き出しを引こうとする。


「見せてくれ」


「やめてください」マリアンヌは引き出しを押し戻す。


「どうして俺に見せないんだ」語気が強まり、引き出しを引く力も強くなる。


「やめてください!」


 マリアンヌが大声で叫んだ。ハロルドは思わずたじろぐ。妻の目には涙が浮かんでいた。


「……すまない、ママ」マリアンヌが大声を上げたのは、知り合ってから一度もなかった。


 マリアンヌは疲れた表情で椅子に座っていた。ハロルドはひざまずき、妻の手を取った。


「マリアンヌ」


 名前で呼ばれたのは若い頃以来だった。


「君がいつも気丈に振る舞い、俺に愚痴の一つもこぼさないのは、俺が男として未熟だからだと思っていた。君はずっと悩みを抱えていたんじゃないか? 俺には言いにくいことなのかもしれない。だけど、俺はそれを分かち合いたいんだ。分かち合うに足る、男になりたい」


 ハロルドの手は温かく、見上げる緑の目は優しかった。


「お願いだ。俺は君を誰よりも愛している」


 マリアンヌの中で、何かのつかえが取れる音がした。洪水のように涙が押し寄せてくる。ハロルドは立ち上がり、マリアンヌを胸の中にしっかりと抱きしめた。


 落ち着きを取り戻すと、マリアンヌは静かに引き出しを開けた。中からホタテ貝が出てきた。


「これは……サンティアゴ巡礼で使う物だね」


「昔、サン・ジャンからサンティアゴまで、歩いて旅したことがあるのよ」


「そうなのか。それは……一度も聴いたことがなかったな。誰と行ったんだい?」


 マリアンヌは顔を伏せた。


「……ジャックと、なのかい?」ハロルドはさりげなく尋ねる。


「ハロルド」マリアンヌは名前で呼びかけた。目は窓辺のマリア像に向かう。


「貴方に一つ、ずっと言えなかったことがある」


 ハロルドは静かに頷いた。マリアンヌはハロルドの手をぎゅっと握り締めた。


「私……貴方と結婚する前に、子供を産んだの」


 ハロルドの緑の瞳を見つめる。彼のどんな反応もしっかりと目に焼き付けようと思った。


 だが、ハロルドは動揺の素振りを見せる代わりに、マリアンヌの頬に優し

く触れた。


「……それが、彼だったのか」


 むしろ揺れたのはマリアンヌのグレーの目だった。惚けたように夫の顔を見る。


「どうして……私に失望したり、ショックを受けたりしないの?」


「君は俺をそんな男だと考えていたのかい?」ハロルドは笑った。「正直なところを言うと、驚いたよ。でも、俺に心を見せてくれた嬉しさの方が、何倍も大きい」


「私のこと、いやらしい女だと思わない……?」


「思わない。たとえ他の奴らがそう思ったとしても、俺は思わない」

ハロルドの首に、涙に目を潤ませたマリアンヌの腕が回った。

二人は暫く、抱き合ったまま黙っていた。こんなに近いと感じあったのは、いつ以来だろう。


「マリアンヌ。俺も君に、言わなきゃいけないことがある」


 マリアンヌの身体を起こすと、真面目な表情になって言った。


「兄さんが、何かを企んでいる。あいつのしようとしていることは、俺ですらよく分からない。だけど、今日のあいつ、様子が普通じゃなかった。嫌な予感がする」


 マリアンヌの顔から、柔らかな笑みが消えた。


「……ハロルドも、それを?」


 マリアンヌの言葉に、ハロルドは思わず目を丸くした。


「俺もって……誰かに言われたのか?」


 マリアンヌは黙って、顔を俯けた。


「このことは……後で、必ず貴方に話す。でも今は、聞かないで欲しい」


 マリアンヌの言葉に答える代わりに、夫は彼女の身体をしっかりと抱きしめた。


「……分かった。でもマリアンヌ、他に俺にできることはないかい?」


 ハロルドは真っ直ぐな瞳でマリアンヌを見つめた。


「俺は、君を補佐する副社長だ。名実ともに、君の支えになりたい」


 彼女のグレーの目に、決意が宿る。ハロルドに、マリアンヌは大きく頷いて見せた。


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