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素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第七章 祝賀会(さいごのばんさん)
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第五景 ジョヴァンニの沈黙

「優良運転士表彰、おめでとう!」


 表彰式の日の夜、サルヴァドーロがジョヴァンニのビストロにやって来ると、クラッカーの音と紙吹雪に包まれた。店の前には「今晩貸切」と張り紙がしてある。ジーモン、バルバラ、ジョヴァンニ、ジュディが口々に、サルヴァドーロに祝いの言葉を掛けた。


「驚いたか?」


 ジーモンはサルヴァドーロの右隣に座り、ビール瓶でオレンジジュースと乾杯した。


「驚くもなにも、毎期同じように祝ってくれるからな」


「何だその白けた反応は。準備した俺たちの苦労を考えろよな」


「白けてなんかねえよ。ありがたいって思っている」


「可愛くねえなあ、全く」


 五人はビストロの中の広いテーブルに、サルヴァドーロを囲むように座った。サルヴァドーロの右隣にジーモンとジュディが、左隣にバルバラとジョヴァンニが座った。テーブルの上には料理人が奮発して作った豪勢な食事があった。大食いのジーモンとバルバラは舌鼓を打ったが、ジュディは料理の皿を見ながら、浮かない顔をしてそっと呟いた。


「こんなにたくさんの食事、五人じゃ食べきれないんじゃない? こんなことにお金を使うより、お腹を空かせた『かがみぐさ』の人たちに、少し分けてあげれば良いのに……」


「そんなケチくさいこと言うなよ。今日は兄貴のお祝いなんだし、金曜の夜なんだしよ」


 ジーモンはビールで顔を赤らめて、陽気にジュディの肩を叩いた。


 宴もたけなわの頃、ふとサルヴァドーロが立ち上がった。


「皆に、一つ話しておきたいことがある」


「何だよ、改まって」すっかり酔っ払ったジョヴァンニがからかう。


「今日は、俺のためにこんな祝いの場を設けてくれて、本当に感謝している。今から話すことは、この祝いの雰囲気をぶち壊すことになるかもしれねえことを、予め言っておく。だけれども、聞いて欲しい」


 ジュディの顔が強ばる。ジーモンとバルバラは、勇気づけるように彼を見た。サルヴァドーロは最初、言い淀んだが、背筋を伸ばすと、通る声で言った。


「皆に隠してきたことがある。……俺は、『かがみぐさ』の一員だ」


 ジーモンは誇らしげに彼を見上げた。ジュディは顔を伏せた。バルバラは頷いた。ジョヴァンニの赤い顔から、みるみる酔いが覚めていった。


「今まで、俺を信頼する人間は、俺自身ではなく、俺の属性を信頼しているものだと思っていた。『かがみぐさ』という、俺が伏せていた属性が知られてしまえば、もう俺個人ではなく、『かがみぐさ』のイメージで俺は判断されてしまう。それが怖かった……」


 世界鉄道は今まで、「かがみぐさ」を敵視する強硬派と、帰化を促進する宥和派に大きく分かれていた。だが自分は、根本はどちらも同じだと考えている、とサルヴァドーロは言った。どちらの派閥も、「かがみぐさ」が世界鉄道に居続けるということを認めようとしていない。どっちも、「かがみぐさ」は世界鉄道にとっては目の上のたんこぶで、できれば早く追い出したい。一方は直接的に、他方は間接的に。サルヴァドーロは続けた。


「昨日、ジーモンとバルバラと三人で、俺たちは、衝撃的な事実を発見した。世界鉄道が、帰化支援という宥和的な謳い文句の下で、『かがみぐさ』を遠く離れた国に安い労働者として売りさばいているっていうことだ。これは、俺にとってはもはや、ドラグロワール派とスチーブンソン派という内部抗争の枠だと片付けることはできない。『かがみぐさ』は人間なんだ。その人間を裏切る奴らは、いっそ生まれてこなかった方が良かったとさえ俺は思う」


 ジョヴァンニは険しい顔をして目を逸らし、既にサルヴァドーロの話を聴く気をなくしていた。ジュディは思いつめたように手許の皿に目を落とした。


「この状況が変わらなければ、俺は世界鉄道に、自分の故郷に失望する。それは避けたい。俺たちはもう、本当の意味で根無し草になりたくはねえんだ」


 サルヴァドーロは四人をもう一度見ると、いつもの無愛想な顔に戻って、そっと言い足した。


「……それが、俺が言いたかったことだ」


 料理はすっかり冷えてしまった。バルバラは雰囲気を盛り上げようとしてか、大きく手を叩いた。ジーモンもそれに加わる。暫くして、ジュディの弱い拍手も加わった。だが、ジョヴァンニは顔を曇らせたまま立ち上がり、椅子を足で蹴り戻した。


「……ジョヴァンニ」サルヴァドーロは顔を上げた。


「悪い。帰ってくれないか、今日は」吐き捨てるようにジョヴァンニは言った。


「ジョヴァンニ」その背中に声を掛ける。「悪かったと思っている。今まで黙っていたこと……」


 ジョヴァンニは何も返事をしなかった。


「俺、正直、怖かったんだ。本当のことを言えば、お前に距離を置かれるんじゃないかって」


「……それで、ずっと俺を騙していたんだな」暗い声でジョヴァンニが言った。「騙して、俺が『かがみぐさ』を嗤うのを黙って聞いていて、心の中で俺を軽蔑して……」


「そうじゃない」


 カウンターの小さな扉がパタンと揺れる。ジョヴァンニは店の奥へ入っていった。


「頼む。今日はもう、帰ってくれ」


 ジョヴァンニはその言葉を後に、店から消えてしまった。

 残された四人の上に、重たい空気が漂っていた。サルヴァドーロの前置き通り、祝いのムードは一辺に吹き飛んでしまった。彼はジョヴァンニが去った先を、瞬きもせず見つめていた。その肩に、ジーモンは温かい手を置いた。バルバラも静かに立ち上がる。


「……じゃあ、行くとするか」


 サルヴァドーロはジュディを見た。ジュディも頷いて立ち上がる。四人は静かに、白けてしまったビストロを去った。


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