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素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第七章 祝賀会(さいごのばんさん)
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第三景 サルヴァドーロの戸惑

 優良運転士の表彰が名前順に始まる。マリアンヌは受賞者に賞状を与え握手するたびに、彼らの顔を感づかれない程度に凝視した。しかし、胸に迫る印象を与える人物は、まだ自分の前に現れなかった。


 その名前を司会が読み上げるまでは。


「マクジョゼフ、サルヴァドール」


 マリアンヌは自分の手許にある賞状の名前に釘付けになった。そして怖々と、まるで夢から覚めるのを恐れるかのように、近づいて来た男に向かってゆっくりと顔を上げた。


 淡い金髪にコバルトブルーの瞳。澄んだ瞳には純粋さが浮かんでいるが、時に斜に構えたような色を見せることもある。ジャック・ロックその人だった。自分に聖ヤコブの巡礼路を語ってくれたときの、あの若さに満ちあふれたジャックが、そこにいた。


 サルヴァドーロはマリアンヌに近づいたとき、後ろに控えたスチーブンソン兄弟の顔色の変化に気付いた。ハロルドは目を皿にして驚きを隠さず、フィリップは問い質すようにサルヴァドーロを睨みつけていた。もう、昨日の出来事は、上まで漏れているのかもしれない。彼は思わず顔を伏せた。そして、相変わらずの無愛想な顔で、差し出された賞状に手を添えた。


 賞状を受け取った際、ふとサルヴァドーロは顔を上げて、初めて総社長の顔を正面から見た。テレビではなく直に見るドラグロワール総社長の姿。想像していたよりも背が高く、噂以上に気品に溢れ、そしてどこかに寂しげな影が差していた。意外なことに、総社長の顔にも驚きの顔が浮かんでいた。まるで、昔の旧友に突然雑踏の中で出くわしたときのように。


 ただ、ハロルドと違ったのは、その顔が喜びの笑みに変わったことだった。総社長の瞳に涙が光るのを、サルヴァドーロは垣間見た。時間にして十秒もなかったが、サルヴァドーロにはもっと長く見つめ合っていたように感じた。どこかしら懐かしさを感じた。 


 サルヴァドーロは我に返り、踵を返す。突如、背中で大きな音がした。振り返ると、総社長が幹部席の方に倒れていたのだ。

 

 一瞬にして、広間は騒然とした空気に包まれた。脇からボディガードが駆け寄り、取締役たちもおろおろと立ち上がって野次馬を成した。サルヴァドーロは演台の後ろに回り、総社長の身体を起こそうとした。しかし一歩早く、別の手が総社長の身体を抱きかかえた。


「しっかりしろ!」


 ハロルドは青くなって、マリアンヌの身体を揺さぶった。思わず立ちすくむサルヴァドーロの視線が、総社長の胸に落ちた。サルヴァドーロが目を見開く。ハロルドに抱きかかえられた総社長の胸には、自分がジーモンに預けたものと同じ型の金の鍵が載っていた。


 サルヴァドーロはハロルドに顔を向けた。ハロルドも自分を見ていた。まるで、自分が見ているものの目を疑っている表情だった。


「君は、まさか……ジャッキーなのかい?」


 サルヴァドーロは問いの意味が分からなかったが、何かが胸の奥で疼いていた。サルヴァドーロはマリアンヌの腕に触れたかった。しかしその時、ハロルドの腕の中で、マリアンヌは意識を取り戻した。ハロルドは心配そうに妻を見る。


「大丈夫かい、ママ……?」


 総社長は頭を押さえて、頷いた。そして顔を上げて、再びサルヴァドーロの存在を認めた。


 朝露のようにぽつりとこぼれ落ちた彼女の呟きが、サルヴァドーロの耳に届いた。


「……会えてよかった、サルヴァドール……」


 サルヴァドーロは、総社長の笑顔の意味を探るように、暫く彼女の前で立ち尽くしていた。やがて室内に秩序が戻り、サルヴァドーロは案内人に肩を叩かれた。我に返り、サルヴァドーロはすごすごと自分の座席へと戻っていった。表彰式が終わるまでの間、彼の中で総社長の言葉がうずを巻くように回っていた。


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