表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第七章 祝賀会(さいごのばんさん)
PR
29/46

第一景 ハロルドの気付き

 優良鉄道員表彰とは、一定以上の成績を収めた鉄道員に対して毎期行われる表彰式のことだ。通例なら総社長は姿を現さず、式はささやかに行われるのだが、今回は総社長以下取締役も出席し、総社長から直々に表彰状が授与されることになっていた。世界鉄道に対する信頼が大きく揺らいだ期でもあったので、総社全体の結束を強める狙いもあるらしい。サルヴァドーロはこの表彰式の常連鉄道員だった。

 

 この日、マリアンヌは早くに目を覚まし、身支度を始めた。何度も鏡を見ながら、念入りに化粧をする。タンスから空色のワンピースを取り出す。マリアンヌはふと、引き出しを開け、ずっとしまいこんでいた箱を取り出した。中から出てきたのは、古風な金色の鍵だった。静かにポケットの中に潜ませ、目を閉じ、深呼吸をする。


「ママ、今日は何だか、いつにも増して綺麗だね」


 屋敷の前の車の中で待っていたハロルドが、乗り込んできた妻の姿に思わず見入る。


「ありがとうございます」


「そんな明るい色のもの、若い時はよく着ていたね。あ、いや、今でもとても似合っているよ」


 マリアンヌは少女のように顔を綻ばせて笑った。ハロルドは驚いた。内から湧き出るような自然な笑みを、長いことマリアンヌから見たことがなかったからだ。



 この日、サルヴァドーロは早くに目を覚まし、身支度を始めた。うるさがる彼を捕まえて、ネクタイの位置をジーモンが何度も確認し、しつこい寝癖をバルバラが懸命に整える。


「……これでどうだ? おお、兄貴、男前だな。明るい色の方がよく似合うな」


 鏡の前に相棒を立たせて、満足げにジーモンが両肩を叩く。ジーモンの首に揺れる金色の鍵を、サルヴァドーロは静かに見つめていた。


「気をつけて行ってよね。スチーブンソン派も出席するんでしょう?」


「別に奴らも衆人環視の中で人を襲ったりしねえよ。心配しすぎだろうが、お前」


 ソファーに置いていたカバンを拾う。慎重に、ジーモンが尋ねる。


「なあ……それで、ジュディは、何て?」


「何にも」短く答える。「やっぱり立場的にまだ機密情報を扱っていねえみたいだし、それに、あの列車で見たこと話したとき、あいつ、すごくショックを受けて、それ以上話せなくてさ」


 バルバラとジーモンは神妙な顔を見合わせた。サルヴァドーロは扉を開ける。


「じゃあ、行ってくる」


「おう。じゃあ、また夜にジョヴァンニのビストロで会おうな」


「素敵な一日を」


 二人に見送られて、サルヴァドーロは部屋を出た。



 表彰式は光の間で執り行われた。サルヴァドーロは後ろの方の席から、赤絨毯を隔てて向かい合うように並ぶ幹部席に目をやった。表彰状を渡すドラグロワールの後ろに、小太りの副社長のハロルドが、指をいじりながら目をしきりに動かしている。その隣に、高価なスーツで身を飾った社外取締役のフィリップが、固い作り笑顔を浮かべて座っていた。サルヴァドーロは拳を握り締めた。


 ハロルドが隣のフィリップを横目で見る。いつもはワックスで丁寧に固めるブロンド髪が、今日は雑に流してある。組んだ脚もしきりに揺れている。嫌々ながらも、兄に声をかける。


「なあ、兄さん……いつものネクタイ、どうしたんだ?」


「お前が言及しているのはどのネクタイだ。俺は一本しか持たないような貧相な男ではない」


「……そうかい、そうかい」ハロルドは話しかけたことを後悔した。


 フィリップは、いつものように平静と余裕を身にまといたかった。しかし、珍しく早くに目を覚ましたせいか、緻密に築き上げられた彼の生活リズムに狂いが生じていた。外面は泰然自若を装っているつもりだったが、葉巻は神経質に肘掛けを叩き、険しい顔は虚空を睨んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ