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素晴ラシキ世界鉄道【本編:巡礼本線】-La Mirinda Mondo Fervojo-   作者: 葦原龍矢
第六章 増発列車(ペレグリーノ)
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第四景 ジョヴァンニによる備忘録

「『ペレグリーノ』がフィニステレに向かうのを見た?」


 車両の入庫点検のために、サルヴァドーロとジーモンは、パリ郊外にあるルテティア第一車両基地に来ていた。フランス西部からイベリア半島へ走る列車が顔を並べるこの車庫は、彼ら二人が所属するルテティア第一運輸区の主要基地だ。関係が修復して以来、二人は再び以前のように同じ列車を担当するようになっていた。


「ああ。巡礼客の増加で本数を増やしたらしいんだが、パリ中央駅から出発する『ペレグリーノ』の運行本数は、見たところ変わっていなくてさ」


「しかし、妙な話だな」


 ジーモンは床に置き忘れられたホタテ貝の記念切符を、やれやれと言いながら拾い上げる。


「試しに、ジョヴァンニに聞いてみるか。あいつ、ビストロで聞いた話をメモしているからな」


 相棒の言葉にサルヴァドーロは頷き、列車の外に出ると、ブレーキの確認を始めた。


 車両基地の付属駅から列車に乗り、二人はパリ中央駅に戻ってきた。駅にはスーツケースを持った学生の姿が見える。パリ中央駅には冷房が効いていて、汗ばんだ背中を爽快に冷やした。 


 ジーモンはふと電光掲示板の前で立ち止まった。


「そう言えば、あいつら、最近見ないな」


「誰だ?」


「『かがみぐさ』のガキだよ。ここのところふっつりと姿を見せなくなったんだ。元気にしていると良いけどな」


「そうだな……」


 サルヴァドーロは別の人物のことを頭に浮かべていた。自分の名前を言い当てた、無精ひげの男。あの男も、あれ以来全く駅で見かけることがなくなった。

 

 バルバラと待ち合わせをして、三人はジョヴァンニのビストロへ向かった。休日で政務部は休みなのだろう、二人がけのテーブルでジュディがスパゲティを食べているのを見つけた。三人はジュディを呼んで、いつものようにカウンターに座った。

 

 ジョヴァンニはサルヴァドーロの右隣に腰掛けるジーモンを見て、相好を崩した。


「何がおかしい?」ジーモンはふくれっ面をする。


「そうやってトトと一緒にいる方がお前らしいよ。お陰で隈もなくなったし。友情に乾杯だな」


「からかいやがって、全く」


「それで、君が……面と向かって話すのは初めてだけれど、バラバだっけ?」


「バルバラです」些かつっけんどんな口調で訂正する。「あたし、ジンジャーエール」


 バルバラは、隣で落ち着きのない様子のジュディに身体の向きを変えた。


「あなたと話すのも、初めてよね? あたし、バルバラ。サルヴァドーロの友達なの」


 差し出された手を、ジュディは複雑な笑みを浮かべながら握った。


「ジュディ。私も、サルヴァドーロの友達」


「今日は結構盛況だなあ」


「学校が夏休みに入る頃だからね。東西南北、あちこちに旅行するお客さんで賑わっているんだよ。パリ中央駅は、ヨーロッパ内の主要路線を繋げるハブだからね」


「世界鉄道自体も、安いし、便利だし」バルバラが付け足す。


「それはお前が汚い手を使っているからじゃねえのか?」


「何ですかその言い方は? お姉さん、あれからキセルは一回もしていないのよ?」


「その前に充分過ぎるほどやっているんだろう? だったら採算が取れるのも無理はない」


「全く。ちょっとバーテンダーのお兄さん、この子に口の利き方教えてくれない?」


「まぁ……正直なところを言うと、トトのが正論だからな。あと、俺の名前はジョヴァンニな」


 バルバラとサルヴァドーロが言い合う姿を、ジュディは取り残されたような寂しい目で眺めていた。


「なあ、ジョヴァンニ」ジーモンがジョヴァンニに顔を近づける。「最近、何か変わったことはなかったか?」


「変わったこと?」


「巡礼本線で、最近、フィニステレに向かう列車が増発されているらしいんだ。俺と兄貴はその列車を担当したことがねえし、そんな列車この駅でも見なくてよ。どうなってんだ?」


「そういうことは、鉄道員の二人の方が詳しいんじゃないの?」


「それが分からねえから訊いているんだ。お前のノートに何かメモしていねえのか?」


「ちょっと待ってくれるかい。何かあったような気がする」


 ジョヴァンニはレジスターの横に並んだノートを物色し始めた。


「……お、これだ。『ジョヴァンニによる備忘録』第十三冊三十六ページ」


 一冊のノートを開きながら、ジョヴァンニが向き直る。


「七月二日。コニャックを注文したある鉄道員の言葉。七月よりヤコブの日の二十五日まで、サンティアゴへの観光客対応のため、巡礼特急『ペレグリーノ号』を通例の二倍まで増発する。その一部は終着駅をサンティアゴ以西に位置するフィニステレに設定。巡礼のピーク時にフィニステレ岬に向かう利用客が増加することを考慮。ただ、下り列車の多くは既に予約できないほど満席が出ており、更に本数を増やすべきではないかと、世界鉄道の対応に疑問を呈した」


「フィニステレって、巡礼の最終目的地よね。むしろ特急が通っていなかったのが意外かも」


「巡礼ピークに合わせて特別列車を走らせるのは、何も目新しいことじゃねえな。今週末はヤコブの日があるわけだし」


「だが、下り列車だけ満席だというのは、ありふれたことじゃねえな、ジーモン」


「つまり、パリ行きの上り列車はガラガラってことなのよね?」


「残念ながら、そこまでは書いていないな」ジョヴァンニは肩をすくめる。


「そのフィニステレ行きの特別列車、始発駅がどこか書いていないか?」


「俺の備忘録によれば、新パリ駅だ」


「何それ。パリ中央駅と違うの?」


「フランス国鉄のターミナル、北駅の地下にある」サルヴァドーロは答えた。「競争の激しいフランス国鉄から乗客を奪うには良い駅の選択の仕方だが、実際にはあまり使用されていない駅だ。パリ中央駅から発着する主要列車が止まるモンマルトル駅が近くにあるからな。世界鉄道を利用する乗客の波は自然とモンマルトルへ向かうんだ」


「どうだい? 何か役に立ちそうかな?」


 サルヴァドーロはカウンターを指先で叩きながら、暫く回答を留保した。


「……多分な」


「あとさ、最近駅で『かがみぐさ』を見かけねえんだけれど、どうしてか分かるか?」


「本当かい? 『かがみぐさ』がいなくなるのは、俺にとっては喜ばしいこ

とだけどな」


 ジョヴァンニは笑ったが、他の四人は誰も笑わなかった。


「……まぁ、真面目な話をするとさ、テロ事件以来『かがみぐさ』への対応が軟化したからじゃないかな? そこんところはジュディの方が詳しいんじゃない?」


「私?」突然の指名に、ジュディは戸惑いの表情を浮かべる。


「そう言えば、『かがみぐさ』の就職の手伝いをするとかいうチームに参加しているんだったな」


「うん……」ジーモンの言葉に、ジュディは曖昧な笑顔を浮かべる。


「予想はしていたんだけれど、やっぱり上手く行っていないの。住居も不定な上に無国籍だし、言語面でも問題があるみたい。言葉を活かすなら各国のエスペラント協会の事務員が望ましい働き口だけれど、そこもたくさんの求人数を見込めるわけじゃないし……」


「そうか。なら、あいつらと出入構管理局のプロジェクトとは関係ねえのか……」


 不意に、サルヴァドーロが立ち上がって、行くぞ、とジーモンとバルバラに声を掛けた。


「あ、ちょっと待てよ、トト」


 ジョヴァンニはカウンターの下から白く細長い包み紙を出した。


「何だ、これ」


「ほら、明後日優良鉄道員の表彰があるだろう? お前、いつも地味なのしか締めていかないからさ。俺とジュディで買っ……」


「ちょっと、それは……」ジュディは慌ててジョヴァンニの言葉を制する。


 サルヴァドーロは感触を確かめるように白い包み紙を指で押した。ほのかに笑みが浮かぶ。


「ありがとうな」


 ジュディはサルヴァドーロの顔を見て、照れ隠しの笑窪を浮かべた。

三人の後ろ姿を見送ると、ジョヴァンニは備忘録を棚に戻した。ジュディがストローでカクテルを回しながら、小さく溜息をついた。


「どうしたんだい? 最近口数もめっぽう少なくなってさ。……もしかして、恋煩い?」


 ジョヴァンニがひょうきんな声で尋ねると、ジュディはむっと顔を膨らました。


「そういうのじゃないもん」


 言ったものの、このまま会話を終わらせるのは少し気が引けた。はにかむような顔で、ジョヴァンニを上目遣いで見る。


「……さっきの子、最近ずっとサルヴァドーロと一緒にいない?」


「うん? ああ、バルバラのことか。何でも帰国子女で、ブラジルからスペインに里帰りしにきたとか、なんとか。最近は二人の部屋に泊まっているらしいけれどね」


「泊まっているって、本当?」


「そんな大それた意味じゃないよ。ソファかどっかで寝泊りしているんだろう? それが?」


「別に……」


 ジュディは赤くなった。俯いた目に、ふと涙が浮かんだ。ジョヴァンニに見えないように、長い前髪を払うふりをして、手で目をこすった。


「私も、行くね」


 ジョヴァンニに目もくれず、ショルダーバックを肩に掛けて、急ぎ足で出て行く。ハイヒールの音に耳をそばだてながら、ジョヴァンニは彼女の背中を見て、一人密かに笑った。


「……妬いているのかな?」


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