第四景 絆の鍵
ジーモンとバルバラは、サルヴァドーロの部屋の前に来ていた。ジーモンは、一端は拳を固めたが、溜息をついて再び解き、バルバラを見た。バルバラはガッツポーズを作って見せる。ジーモンは浮かない顔をしたが、やがて真剣な表情になって、ノックをした。中で人の歩く音がする。足音が近づいてくる。鍵を開ける音。
「……ジーモン」髪の毛をタオルで拭いていたサルヴァドーロは、自分よりずっと背の高いジーモンを、驚いた顔で見上げた。
「……よ。久しぶりだな」ジーモンはぎこちなく声を掛ける。サルヴァドーロは、扉を開けた手をノブに置いたまま、考えるように部屋の中を見た。
「……入れよ」
サルヴァドーロはノブから手を離し、タオルで頭を乾かしながら、テーブルの方へ歩いて行った。バルバラも中に入ろうとしたが、ジーモンが立ちふさがって中へ進めない。ジーモンはドアの前に立ったまま、大きな声で、サルヴァドーロの背中に言った。
「兄貴。俺を見くびり過ぎだぞ。何で俺に話さなかったんだ?」
ジーモンの言葉に、思わずバルバラの顔が強ばった。サルヴァドーロは怪訝な顔をする。
「話さなかったって、何をだ?」
ジーモンにじっと見据えられて、サルヴァドーロの身体が自ずと硬くなる。
「兄貴が、『かがみぐさ』だってことだ」
サルヴァドーロは言葉を失った。そして咎めるように、バルバラに顔を向けた。
「ごめん、成り行きで……」バルバラは肩を落とし、弱々しい声で言った。
サルヴァドーロの顔が赤くなる。動揺が隠せず、自然と語気も強くなる。
「で、お前はどう思ったんだよ?」
「びっくりしたさ。まさか兄貴がそうだったなんて、俺、考えもしなかったから」
「それで、何を言いにここに来たんだ。何もなかったことにして一からやり直そうってか?」
「違う」ジーモンは低く太い声で言った。「俺は兄貴のこと、受け入れるって、伝えに来た」
サルヴァドーロの眉毛の先が、ぴくりと動いた。
「そうやって、自分と誠実に向き合えるのは、心の強い人間だけだ。俺が兄貴の立場なら、同じように振る舞えるか自信がねえ。だからそれができる兄貴は男らしくて、俺は誇らしい」
サルヴァドーロは顔を上げた。まだ、ジーモンの話したことが飲み込めていない表情だ。
「兄貴、前に俺に訊いたよな。『俺はどこに行けば良い?』って。ようやく、その質問の意味が分かった。兄貴、俺が馬鹿なことを分かっているくせに、ヒントがあまりに少ないからな」
ジーモンは勇ましく笑って、サルヴァドーロの左肩を叩いた。
「兄貴は、どこにも行かなくて良い。ここにとどまれ。兄貴の居場所はここなんだから」
サルヴァドーロは、タオルを髪から外した。コバルトブルーの瞳が揺れていた。
「兄貴に過小評価されちまったが、俺はそう簡単に相棒を見捨てるほど薄情な男じゃねえぞ」
サルヴァドーロは顔を上げた。ジーモンは右手を差し出す。暫しためらった後、その手を握り返す。顔に、笑みが浮かぶ。ジーモンが初めて見た、サルヴァドーロの穏やかな笑みだった。
やれやれ、と後ろから声がかかる。
「何とか兄弟喧嘩も終わりを告げたみたいね」
「ていうかお前、自分以外のこともペラペラ喋り過ぎだぞ」サルヴァドーロは口を尖らせる。
「良いじゃない、怪我の功名よ。お礼はいらないから、素直に喜びなさい」バルバラは笑って、バスタオルを取りに行った。「私、先にシャワー浴びてくるわね」
扉の閉まる音を聞いてから、ジーモンがそっと呟いた。
「バルバラって、色んな意味でおっかねえ奴だな」
「お前もそう思うか?」
二人は顔を見合わせて笑った。
「そうだ、お前に渡したいものがある」
自分のシャツの中から鍵を取り出す。ジーモンの掌で、鍵は金色に輝いた。
「何だ、これ?」ジーモンは興味深そうに、サルヴァドーロから受け取った鍵を眺めた。
「俺が物心ついた時から、ずっと俺の傍にあった鍵だ。何の鍵かは知らねえが、俺と今まで苦楽を友にしてきた、分身みたいなものだ」
「それで、どうしてこれを俺に?」
「預かっておいてくれ」サルヴァドーロは言った。「信頼の証だ。何か目に見えるもので持っておいた方が、分かりやすいだろう」
ジーモンは鍵が吊るされた紐を自分の首に掛け、鍵の位置を調整すると、満足げに微笑んだ。
「分かったよ、兄貴。絶対に、大事にする」
兄弟は強く握手をし、互いの肩を叩き合った。




