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北方戦争編 第二十一話 墓場

「こいつら、全員いかれちまったのかよ!」

 サバルトは戦槌(せんつい)を振るい、城壁の縁(ふち)から頭を出したばかりのアイカド兵の顔面に叩きつけた。男はのけぞり、城外へ落ちてゆく。革鎧(かわよろい)には、タールの炎がまだまとわりついている。

「エド!」

 サバルトは叫び、隣に目をやった。

 エドヴォンスは長い棒を梯子(はしご)の上端に突き当て、懸命に押している。梯子には敵兵が鈴(すず)なりだ。数人の志願兵も駆け寄って加わり、全員で力を込めて、ようやく梯子を押し倒す。

「大丈夫だ! サバ!」

 エドヴォンスも叫び返した。

「よく狙って落とせ!」

 第二連隊の指揮官がそばの志願兵を怒鳴りつけ、そのまま長剣を振るった。アイカド兵の頭が真っ二つに割れる。

 石が次々と鉄籬堡(てつりほう)へ投げ込まれる。一方、攻城弩(こうじょうど)は北門に狙いを集中し、巨大な矢を撃ち込みつづけていた。城門の内側には土砂を詰めた麻袋(あさぶくろ)が積まれ、太い丸太(まるた)で厚い門扉(もんぴ)を支えている。破城槌(はじょうつい)ほどの破壊力はない。それでも、鉄の穂先をつけた巨大な弩矢(どし)が、門扉に幾筋かの細い亀裂(きれつ)を走らせていた。

 残ったタールも次々と城壁から注ぎ落とされ、弓兵(きゅうへい)と弩兵(どへい)の火矢を受けて燃え上がる。城壁の下は再び炎に包まれた。だが、アイカド兵は火に飛び込む蝗(いなご)の群れさながら、矢を防ぐ木盾を背に負い、群れをなして炎へ突っ込んでくる。河原から掘り出した湿った泥を、頭にも手にも塗りたくっている。顔に見えるのは、血走った二つの目と、大きく開いた口ばかり。革鎧や毛皮に火がついても意に介さず、狂ったように城壁をよじ登る。遠目には、火の玉が一つ、また一つと昇ってゆくようだった。

「西だ!」

 第一団の団長が箭塔(せんとう)の弓兵と弩兵に叫び、数人を連れて西の城壁へ走る。すでに何人かのアイカド兵が登りついていた。大勢の兵がひしめき合い、もはや敵も味方も見分けがつかない。

 西側の箭塔の弓兵と弩兵が一斉に向きを変える。敵が登りついた城壁の下で、なおも梯子をよじ登る兵に狙いを定めた。矢が走り、アイカド兵が悲鳴を上げて梯子から落ちてゆく。城壁の上からも、人が次々と落ちる。アイカド兵が落ちる。重歩兵(じゅうほへい)が落ちる。志願兵が落ちる。落ちた体が、さらに何人もの兵をなぎ倒す。戦槌を握った手が宙で止まっている。前にひしめく体につかえ、振り下ろせない。誰の手なのかもわからない。志願兵が口を開け、敵の耳に噛みつく。力任せに引くと、耳が半分、血まみれでちぎれた。アイカド兵は痛みに叫び、両手で志願兵の頭をわしづかみにする。二本の親指が眼窩(がんか)に食い込む。両腕に力を込め、そのまま城外へ投げ落とした。すかさず別の志願兵が割って入り、その男に二太刀(ふたたち)を浴びせる。

 入り乱れる人の塊へ、第一団の団長が駆け込んだ。腰から小刀(こがたな)を抜き、目の前で揺れ動く幾人もの体の隙間を突いて、アイカド兵のこめかみに刃を突き立てた。男の体が何度かぎくしゃくと跳ね、力を失う。人に挟まれたまま崩れ落ちることもできず、しばらくして、ようやく地に倒れた。団長は刃の血を腰甲(ようこう)でぬぐい、大声で命令を飛ばす。城壁に残った最後のアイカド兵を、数人の志願兵が持ち上げ、城外へ放り投げた。

 西の城壁に登った敵は、ようやく片づいた。団長は踵(きびす)を返し、北の城壁へ向かう。まだ破られてはいない。守備兵がみな縁に押し寄せ、下へ物を投げ、武器を振るい、突き下ろしている。梯子が倒れる。また掛かる。倒れても、また掛かる。煙と土埃(つちぼこり)はますます濃くなる。サバルトは一人を刺し殺し、下をのぞいた。火をまとった敵兵たち。闇の深淵(しんえん)から、牙をむき、爪を振りかざして現れる魔物のようだ。本能的な恐怖に、サバルトの歯がかちかちと鳴る。大声を上げ、身をかがめて、城壁に落ちていた大斧(おおおの)をひっつかむ。城下の濃煙(のうえん)めがけ、力任せに投げつけた。斧は回転しながら黒い煙の中へ消え、人の声とは思えぬ叫びが返ってきた。

 城壁の下に死体が積み重なり、梯子を掛けるにも、そこへ取りつくにも邪魔になり始めた。攻撃がわずかに鈍る。機を見て、第一団の団長が四方の城壁へ叫んだ。

「重歩兵は後ろへ下がれ! 志願兵、前へ出ろ!」

「下がれったって、くそ……」

 エドヴォンスは振り下ろされた斧を剣で受け、力任せに押し上げる。敵兵の腹をまともに蹴り、そのまま城壁の外へ蹴り落とした。

「下がる隙がねえだろうが!」

 途切れた言葉の続きを叫び、身を乗り出して下を見る。敵兵が一人、梯子に足を掛けたばかりだ。ほかの数人は、城壁の下で死体をどかしている。膝から力が抜け、数歩よろめきながら下がって、地にへたり込んだ。背後にいた数人の志願兵がどっと前へ出て、その持ち場を埋める。荒い息を何度も吐く。熱い息が兜(かぶと)の内側に当たり、顔へ跳ね返ってくる。汗まみれの顔が蒸れ、たまらなくべたつく。息ができない。震える手で兜を脱ぎ、右を見た。サバルトも敵兵を一人、戦槌で殴り殺し、後ろへ下がってきたところだった。地に膝をつき、戦槌で体を支えている。エドヴォンスを振り返り、苦しげに手を持ち上げて、兜を指した。

 エドヴォンスはうなずき、幾度か深く息を吸った。顔の汗をぬぐった手をひと振りし、もう一度兜をかぶった。

 城壁の石肌には、ますます多くの血が飛び散り、壁を伝って地へ流れ落ち、四方へにじんでゆく。夏の陽に熱せられた血の臭いが、ますます鼻を刺し、吐き気を誘った。サバルトとエドヴォンスは、ゆっくりと立ち上がった。後ろに下がった重歩兵たちは息をつき、体を休めている。それでも、誰一人、前で戦う志願兵から目を離さない。

「閣下(かっか)! せめて弓兵だけでも川の南岸へ送り、援護(えんご)させてください!」

 デクラスは両手を背に回し、遠くの鉄籬堡を食い入るように見つめていた。その傍らで、第二団の団長が繰り返し訴えている。

「許可しない」

 デクラスは冷たく答えた。

「閣下、敵はもう半日近くも攻めつづけています。このままでは、鉄籬堡はもちません!」

 デクラスは一瞬ためらった。

「……偵察兵(ていさつへい)を増やして、川の南岸へ送れ。我が軍にどれだけ死傷者が出ているか、よく見て、交代で報告に来させろ」

「ですが閣下、少しでも援軍を送らねば……」

 デクラスが猛然と振り返り、団長をきつくにらみつけた。団長は言いかけた言葉を呑(の)み込む。デクラスは黙って前へ向き直り、濃煙の渦巻く鉄籬堡の城壁の下を見つめつづける。

「彼らを信じよう……信じよう……あと二日、いや、あと一日半さえ……」

 背に回した拳の中で、爪が掌(てのひら)の肉に深く食い込んでいた。

 第一団の団長は箭塔(せんとう)に上り、その最上部に立った。城下の敵の攻勢は弱まり、投石機(とうせきき)も石を使い果たしていた。だが、遠くのアイカド軍の陣では、次の突撃に向けて兵を集めているのがはっきり見える。やめる気配は、少しもない。団長は思わず息を呑(の)んだ。

「梯子(はしご)を壊せ! 今のうちに、早く壊せ!」

 団長は箭塔を飛び出し、城壁の上を走る。敵の攻撃がいくらか緩い持ち場で、数人の兵の背を強く叩いた。

「ついてこい! 早く!」

 サバルトとエドヴォンス、それに数人の志願兵が、団長のすぐあとを追った。足早に城壁を下り、投石で飛び散った大量の石片(せきへん)や、潰れた小屋の残骸をまたぎ越え、筏(いかだ)を収めた倉庫へ急ぐ。

「筏を全部ばらせ! 丸太(まるた)の片端を尖(とが)らせろ! 急げ! もっと人を連れてくる!」

 団長は言うなり、東の城壁へ駆け出した。

 サバルトとエドヴォンスはすぐに重い鎧(よろい)を脱ぎ始める。

「斧(おの)だ! 斧を何本か持ってこい!」

 サバルトは鎧を脱ぎながら、志願兵たちへ叫んだ。

「でも、どこに……」

「探せ! 昨日拾ってきたやつだ!」

 志願兵たちはすぐに散り、ほどなく、アイカド兵の戦斧(せんぷ)を何本も抱えて戻ってきた。サバルトとエドヴォンスもちょうど鎧を脱ぎ終えていた。裸の上半身に、筋肉が隆々(りゅうりゅう)と盛り上がっている。二人は一本ずつ戦斧をひっつかみ、まず、丸太を束ねていた縄を断ち切った。太い丸太の一端を足で押さえ、斜め下へ斧を振り下ろし始める。

 第一団の団長が、東の城壁からさらに数人の重歩兵(じゅうほへい)と志願兵を連れてきた。彼らもすぐに加わり、丸太を削り始めた。

「尖らせたら西の城壁へ運べ! 尖った先を胸壁(きょうへき)の狭間(はざま)に載せろ!」

 そのとき、遠くでばきりと音がした。皆が振り返る。巨大な弩矢(どし)が一本、とうとう厚い北門を貫いていた。鉄の穂先(ほさき)がすっかり内側へ突き出し、矢は門扉(もんぴ)に突き刺さったまま止まっている。

 団長は一言悪態(あくたい)をつき、北門へ走った。

 サバルトは全身の力を振り絞り、誰よりも先に丸太一本を尖らせた。志願兵たちへ声を飛ばす。

「早く西の城壁へ!」

 別の丸太を踏み押さえ、また狂ったように斧を振るう。

 数人の志願兵が力を合わせ、十尺余りの丸太を抱え上げた。重い丸太を抱えて城壁へ走り、荒い息をつきながら、どうにか石段を上りきる。前列にひしめく兵たちが道をあける。ちょうど、戦斧を振り回すアイカド兵が、胸壁の狭間から上半身をのぞかせる。志願兵たちは丸太を抱えたまま声を上げ、その太い尖端(せんたん)を敵の胸へまっすぐ突き出す。胸当てにまともにぶつかり、男は数尺も吹き飛んで、城外へ落ちる。丸太は、尖った先を胸壁の狭間に載せ、斜めに据えられた。

 尖らせた丸太が次々と西の城壁に運び上げられ、胸壁の狭間に巨大な棘(とげ)がずらりと並んだ。アイカド兵は容易には登れなくなり、西側の喊声(かんせい)が明らかに弱まる。団長の指示で、西の城壁を守っていた重歩兵たちは北へ移り、あとは志願兵だけが持ち場を守った。

 サバルトとエドヴォンスは地面に横たわり、胸を激しく上下させていた。陽はすでに大きく西へ傾いている。だが、この戦いは、沈みゆく陽とともに幕を閉じてはくれそうにない。

 北の城壁には、兵がひしめいていた。大量のアイカド兵が攻撃を北側へ集中し始めている。二人は力を振り絞り、互いに手を貸してどうにか重い鎧を着直した。北へ数歩進んだところで、城壁の上の第二連隊の指揮官が激しく手を振るのが見えた。東の城壁へ向かえ、と合図している。

 北の城壁の外では、アイカド兵の一隊が陣を組み、盾を頭上に掲げて矢を防ぎながら、怒号とともに北門へ駆け寄った。積み重なった巨大な弩矢をどかし、盾の下に身を隠したまま、すでに亀裂(きれつ)の入った厚い扉へ、狂ったように戦斧を叩きつける。

「石を全部上げろ!」

 団長が声を張り上げた。城内の志願兵が、大きな石も小さな石も、絶え間なく北門の上へ運び上げる。鬨(とき)の声も、石が盾を砕く音も、絶叫も、いまや門の外の一角に集中していた。

 東の城壁の外にも、アイカド兵が次々と増えてくる。もう何度目の強襲なのかもわからない。サバルトの長槍(ながやり)は、西の城壁に置き去りだった。後ろから援護はできない。戦槌(せんつい)を握りしめ、前列の兵と場所を替われる隙を待つしかなかった。

 ときおり、兵が倒れる。手が何度かひくつき、もう動かない。サバルトは前列へ割り込み、胸壁の狭間の脇に立つ。そばの兵の長槍を、よじ登ってきたアイカド兵が一振りで叩き切る。続けざまに、もう一振り。兵へ落ちる斧刃を、サバルトはとっさに戦槌を上げて受け止める。その隙に、兵が敵を城壁の外へ突き落とす。

 エドヴォンスのほうにも、余裕はない。一人を仕留めた直後、ほかの数人と力を合わせて梯子を押す。かろうじて城壁から離れた梯子は、宙で揺れ、また壁へ倒れかかる。その勢いに乗り、敵兵が数段を一気に駆け上がる。城壁を越え、守備兵めがけて飛び込む。何人かを押し倒して、後続のアイカド兵が登る隙を作ろうとしている。エドヴォンスは男の腰へ、背後から剣を突き立てる。男は二人の重歩兵を巻き込み、その二人にしがみついたまま地へ倒れ込む。二人はすぐには起き上がれない。さらに一人、敵兵が登ってきて、エドヴォンスの背へ戦槌を振り下ろす。本能的に身をひねったが、槌の頭が脇腹(わきばら)を覆う重い鎧をかすめる。焼けつくような鋭い痛みが、頭へ駆け上がる。とっさに剣の柄(つか)で敵の鼻筋を何度も強打する。ひしゃげた鼻から血が噴き出す。狭間の反対側にいた兵も戦槌を振るい、男の額をまともに打ち据える。頭蓋(ずがい)の砕ける音。男は棒のように後ろへ倒れ、梯子を転げ落ち、何人もの敵兵を巻き込んでゆく。

 血のように赤い光が、空の果てから差してくる。城壁の影は、果てしなく引き延ばされるかのように、広い河岸(かわぎし)を覆い、城下に積み重なる死体と血の川を覆っていた。

 地平線に残る、最後のかすかな光。死に絡め取られ、深淵(しんえん)へ引きずり込まれまいともがいているかのようだ。そこへ、奇妙な角笛(つのぶえ)が響いた。

 アイカド兵は盾を頭上に掲げ、後退し、もとの陣地へ戻っていった。

 鉄籬堡(てつりほう)の城壁の上では、誰もがうつろな目をして、生ける屍(しかばね)のようだ。一人が拳(こぶし)を上げかけ、声も出さぬうちに地へ崩れ落ちた。

 第一団の団長は、胸壁のそばに膝から崩れ落ちた。まだいくらか力の残る兵が数人、その上体を支え起こす。唇から、低く途切れた言葉が漏れた。

「水を……軍糧(ぐんりょう)を……上げてくれ」

 ストムセの城壁で、デクラスと数人の指揮官は、朝から夕暮れまで戦いを見つめつづけていた。立ちつづけた脚には、もう感覚がない。ファスビンダーがデクラスを支えて座れる場所へ連れてゆき、パンを取り出してその手に渡した。

「閣下(かっか)、いったいいつ、その策を実行に移されるのですか」

 サディスが硬い表情で尋ねた。

 デクラスは答えず、パンを一口かじった。粗く硬いパンくずが、乾ききった唇に貼りつく。その目には複雑な感情が浮かんでいた。だが、視線は少しも揺らがない。まっすぐ前を見据えている。

「閣下! 偵察兵(ていさつへい)が報告に!」

 一人の軽歩兵(けいほへい)が叫びながら駆けてくる。そのあとに、息を切らした兵がもう一人。

「聞こう」

 デクラスは口の中のパンを飲み込んだ。

「ご報告します、閣下……北の城壁の外は見えません。戦闘は、あそこがいちばん激しいと思われます。東と西の城壁の外では、敵はそれぞれ少なくとも千人を失っています」

「こちらは?」

「閣下、はっきりとは見えず、推定できません」

「もう一度、人を遣(や)れ。鉄籬堡(てつりほう)へ入って、こちらの死傷者(ししょうしゃ)を調べ、私に報告するように」

「閣下、どうやって中へ?」

「南の城壁の下、暗渠(あんきょ)の鉄格子(てつごうし)の門だ。昨日、向こうの伝令兵(でんれいへい)もそこを通ってきた」

「ですが閣下、筏(いかだ)はもうありません」

「なら、泳いで行け!」

 デクラスは怒鳴り声を上げ、手にしていたパンを地面へ叩きつけた。その場の誰もが、びくりとした。

「はっ、閣下!」

 偵察兵が慌ただしく駆け去ってゆく。

 デクラスが地面に手をつき、また立とうとする。ファスビンダーはすぐにその腕を支えた。デクラスは胸壁(きょうへき)に手をつき、アイカド軍の大きな野営地を睨(にら)みつけている。

「サディス殿(どの)、リュッペル殿。鉄籬堡の仲間たちを信じましょう。そして、私のことも信じてください。明日、時機が来たら、お話しします」

 サディスはまだ不満を口にしようとしていた。だが、デクラスの頬(ほお)の筋肉が、ゆっくりと動いている。ぎり、ぎりと歯を軋(きし)らせる音。

 デクラスが低く、ひとりつぶやく。

「十年……十年……」

「閣下、十年とは?」

 リュッペルが尋ねた。

「アイカド人には、この先十年、戦(いくさ)など起こそうと思わせぬ……」

 そう言うと、デクラスは踵(きびす)を返し、振り返りもせずに城壁の石段を下りていった。その後ろ姿は、ファスビンダーの目には、ほんの少し見慣れないものに映った……。


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