第4話「異変の予感」
神獣たちとの対話を終えた翌朝。レッドとレイラは、昨日の出来事がまるで夢だったかのように、いつも通りの日常を過ごそうとしていた。だが、その日常はすでに静かに軋み始めていた。
空は雲ひとつない青空だった。街路樹を揺らす風は穏やかで、朝日を浴びた石畳は柔らかく輝いている。本来ならば、誰もが心地よい朝だと感じるはずだった。
それなのに――。どこかおかしい。風の流れが微かに乱れている。鳥たちのさえずりも、普段より遠く感じる。胸の奥に引っ掛かる、小さな違和感。神獣たちが口にした「嫌な予感」。その言葉だけが、妙に現実味を帯びて脳裏に残っていた。
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レッドは珍しく早起きをしていた。昨日の出来事が頭から離れず、夜中に何度も目が覚めてしまったのだ。結局、寝不足のまま朝を迎えてしまった。通学路を歩きながら、彼は小さく息を吐く。
「⋯⋯“近頃で嫌な予感”か⋯⋯」
神獣の言葉が耳の奥で反響する。ただの気のせいだと言い聞かせても、どうしても不安が消えない。視線を上げる。見慣れた街並み。行き交う人々。いつもと何も変わらない朝。
それなのに胸の奥では、小さな棘のような違和感が疼いていた。その空気を振り払うように、レッドは軽く頭を振る。
「せっかく早起きしたんだしな」
ふと、あることを思いつく。いつもはレイラに起こされたり待たされたりしている自分だが、今日は違う。逆に自分が先に学校へ行って驚かせてやろう。
そんな些細な悪戯心が芽生えた。少しだけ気分が軽くなった気がして、レッドは歩調を速めた。
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一方その頃。レイラもまた学校へ向かっていた。朝の街は静かだ。まだ人通りも少なく、店の準備をする音だけが遠くから聞こえてくる。レイラは昔から、この時間帯が好きだった。
誰にも邪魔されない穏やかな空気。ゆっくり流れる時間。けれど今日は違った。
「昨日のレッド、なんか変だったなぁ〜⋯⋯」
何気なく呟いた言葉は、そのまま朝の風に溶けていく。胸の奥が落ち着かない。理由はわかっていた。神獣たちの言葉だ。――“嫌な予感”がする。
ただそれだけの言葉なのに、なぜだか妙に気になって仕方がない。信じたくはなかった。この街で異変なんて起きてほしくない。みんなが笑って過ごせる平和な日常が、壊れてほしくなかった。
「⋯⋯そんな願いは、やっぱり欲張りすぎるか」
自分に言い聞かせるように呟く。そして無理やり笑顔を作った。
「よし。レッドも待ってるだろうし、急ご」
そう言って歩き出す。だが、その足取りはどこか落ち着かなかった。
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その頃。街の片隅にある薄暗い路地裏では、ひとりの男が不気味な笑みを浮かべていた。朝日も届かない狭い空間。湿った空気が淀み、人気はない。
男は壁にもたれながら、何かを考えるように目を細めた。
「⋯⋯神獣たちがエレメント授与、か」
低く掠れた声が響く。
「さて、新しいエレメンターは――」
ゆっくりと顔を上げる。その瞳には獲物を見つけた獣のような光が宿っていた。
「あの二人だな?」
男は口元を歪める。
「へへ⋯⋯これで俺も昇格か⋯⋯?」
すると、その独り言を聞きつけた数人の不良たちが近づいてきた。
「おい。何ブツブツ言ってんだ?」
「ん? お前には関係ないだろ」
「あぁん? なんだよおめぇ」
男は面倒そうに肩をすくめる。
「⋯⋯ったく。俺もこんなことしたくないんだがな」
そして、不良のひとりが男に向かって拳を振り上げた。次の瞬間だった。
――ポタッ。
赤い雫が地面へ落ちる。不良は何が起きたのかわからなかった。腹部に熱を感じる。視線を落とした瞬間、ようやく理解した。黒い斬撃のような影が、自分の身体を切り裂いていたことを。
「⋯⋯っぐ⋯⋯がっ⋯⋯」
「はっ。大人しくしてりゃよかったのにな」
「や、やめ⋯⋯」
「残念だが、それは無理だな」
不良はその場に崩れ落ちた。一瞬の出来事だった。誰も気づかない。誰にも知られない。男は小さくため息を吐く。
「⋯⋯はぁ、時間を食ったな」
そして視線を遠くへ向けた。
「急がないと」
その目が見据える先にいるのは――。
「待っていろよ。レッド、レイラ」
男の周囲の空気が揺らぐ。まるで空間そのものが歪み始めたかのように。黒い気配が渦を巻き、路地裏を満たしていく。
「それでは――召喚準備、開始」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、レッドは学校へ到着していた。校門をくぐった直後。ちょうど向こうから歩いてくる人影が見える。――その正体はレイラだった。
「⋯⋯え?」
「うそぉ⋯⋯」
2人の声が綺麗に重なる。
「なんでまたこんな早く?」
「レッドこそ。いつも起きれないくせに!!」
「うっ⋯⋯」
痛いところを突かれた。このまま会話を続けるべきだろうか、とレッドは考えたが、今はこの流れを変えようと必死だった。
「と、とにかく教室行こうぜ」
「――ねぇねぇ」
するとレイラは咄嗟に口を開いた。そして、彼女は意地悪そうに笑う。
「なんで早起きしたの〜?」
「別に」
「私を驚かせようとした、とか?」
「ば、ば、ば、バカな⋯⋯!」
一切の思惑がバレ、レッドは見事に動揺した。レイラは吹き出す。
「図星だね〜。わっかりやす〜い!」
「うるさい⋯⋯!」
そんなやり取りを交わしながら校舎へ入る。朝の学校は静かだった。廊下にはまだ誰もいない。遠くで職員たちの話し声が聞こえる程度だ。
教室の鍵はすでに開いていた。2人は席に着き、いつもと変わらない時間を過ごす。やがて生徒たちが登校し始める。そしていつしか教室が賑やかになり、授業が始まる。どこから見ても平和な日常だった。
――だが。その裏では、すでに異変が静かに動き始めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学校の屋上。朝の風が吹き抜ける場所に、その男は立っていた。誰にも気づかれず。誰にも見つからず。まるで最初からそこにいたかのように。
風が吹くたび、男の周囲に漂う黒い気配が揺らめく。男は校舎の下を見下ろした。そこには何百人もの生徒たちがいる。その中に、自分の探している2人もいる。
「さぁ」
男は口元を吊り上げる。
「どんなものを見せてくれるのか――」
その声は期待に満ちていた。新しい玩具を手にした子供のように。あるいは獲物を前にした捕食者のように。
「新しいエレメンターたちよ」
不穏な笑みだけを残し、男は静かに空を見上げた。その瞬間。遠くで風が大きく唸った気がした。誰もまだ知らない。この日を境に、レッドとレイラの日常が大きく動き始めることを。
そして、神獣たちが感じ取った“嫌な予感”が、すぐそこまで迫っていることを。




