第55話「白銀に描く笑い声」
お化け屋敷を後にした4人は、そのまま園内の広場へ戻ってきた。先ほどまで響いていた悲鳴とは対照的に、ここには穏やかな笑い声と音楽が満ちている。
色鮮やかな旗が風に揺れ、屋台からは香ばしい匂いが漂う。観光祭は午後を迎え、その熱気はいっそう増していた。レイラは大きく伸びをすると、満足そうに息を吐く。
「はぁ〜……いっぱい叫んだから、お腹すいたぁ〜」
「それは知らんて」
するとレッドは呆れたように肩をすくめた。
「叫ぶのも体力使うんだもん!」
「そんな理論初めて聞いたよ?」
2人のいつもの掛け合いに、エルナとフランは思わず笑みをこぼした。こうして笑い合っている時間が、不思議と心地いい。
ほんの数時間前に出会ったばかりだというのに、4人の間にはもうどこか気兼ねのない空気が流れていた。その時だった。園内のスピーカーから軽快なチャイムが鳴り響く。続いて、放送担当の女子生徒の澄んだ声がリゾート地全体へ広がった。
「これより、全体休憩に入ります。各班ごとに自由行動となりますので、時間を守ってお楽しみください」
会場のあちこちから歓声が上がる。
「おっ、ちょうどいいタイミングだな」
「やったぁぁぁ!」
そうしてレッドは腕時計へ目を落とし、レイラは両手を勢いよく突き上げる。
「ねぇねぇ! スキー行こうよ! スキー!」
「スキー?」
するとレイラの突然の提案に、レッドは首を傾げた。
「ここでできたっけ?」
「できるよ」
答えたのはエルナだった。
「カラミティアルランドって、山の方に人工雪のスロープがあるんだって。一年中滑れる施設らしいよ」
「へぇ……」
レッドは少し驚いたように目を丸くする。海も森もある巨大リゾートだとは聞いていたが、まさか雪山まで再現されているとは思ってもみなかった。
「知らなかった……」
エルナは嬉しそうに笑う。
「えへへ、でも私もパンフレット見て知っただけなんだけどね」
「行こ行こ〜!」
その中でレイラは興奮を隠せない様子で、その場をくるくる回る。
「フランちゃんも一緒に!」
突然話を振られたフランは少し驚いたように目を瞬かせた。
「……わ、私も?」
「もちろん! 4人で行ったほうが絶対楽しいじゃん!」
レイラは迷いなく頷く。その笑顔につられるように、フランも小さく笑った。
「……うん。行ってみたい」
「それじゃ、決まりだね」
そうしてレッドも頷き、4人は山側エリアへ向かって歩き始めた。道中には噴水広場や色鮮やかな花壇、小さなショップが立ち並び、どこを見ても観光客で賑わっている。
アイスクリームを頬張る子ども。大道芸人のパフォーマンスに歓声を上げる人々。写真を撮り合う家族連れ――誰もが思い思いの時間を楽しんでいた。
「ほんと、すごい場所だね〜」
エルナは感心したように辺りを見渡す。
「うん!」
するとレイラも何度も頷いた。
「1日じゃ全然足りないよ!」
そしてレッドも苦笑しながら呟いた。
「ほんと。全部回ろうと思ったら何日あっても足りなさそうだ」
そんな会話を交わしながら歩いていると、景色が少しずつ変わり始める。南国のような並木道は姿を消し、代わりに標高の高い山道を思わせる景観へ移り変わっていく。やがて空気も少しひんやりとし始めた。
「なんか涼しくなってきたね」
レイラが両腕をさする
「もう近いのかな?」
「たぶん」
そうして、エルナが前方を指差す。その先には、大きな木造のロッジと、白銀に輝く斜面が姿を現していた。
青空の下で太陽の光を反射する雪は宝石のようにきらめき、リゾート地とは思えないほど美しい冬景色を作り出している。
「わぁ……!」
思わず4人の足が止まった。目の前に広がるのは、まるで季節そのものが切り取られたような白銀の世界。暖かな海辺からほんの数十分歩いただけとは、とても信じられなかった。
そして4人は、それぞれ期待に胸を膨らませながら、ゆっくりとスキーエリアの入口へ足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてスキーエリアのロッジで受付を済ませた4人は、それぞれウェアへと着替え、係員から道具を受け取っていた。
真新しいスキー板を前に、エルナは興味深そうにしゃがみ込む。
「わぁ……これがスキー板なんだ」
指先でそっと表面をなぞりながら、小さく目を輝かせる。
「思ったより長いね」
「もしかして初めてなの?」
レッドが尋ねると、エルナは少し照れくさそうに笑った。
「うんっ。見るのも履くのも初めて。だからちょっと楽しみだったんだ〜」
「へぇ〜、まあ俺も前に1回体験したくらいだけどな。」
「じゃあレッド先生だ!」
「先生ってほどじゃないって」
2人のやり取りを見ながら、レイラは早くもスキー靴を履き終えていた。
「よぉーし! 早く滑ろー!」
勢いよく立ち上がった、その瞬間だった。
「わぷっ!」
まだ板も履いていないのに、靴の重さだけでバランスを崩し、その場に尻もちをつく。ロッジにいた何人かの観光客が思わず振り返った。
「……まだ何も始まってないぞ」
レッドは呆れ半分、笑い半分でため息をつく。
「これは準備運動!」
「転ぶ準備運動なんて初めて聞いた」
そんな2人の漫才のようなやり取りに、エルナは声を上げて笑った。
「ふふっ。レイラちゃんって、本当に面白いね。」
「えへへ〜!」
すると褒められた本人は、なぜか得意げに胸を張る。一方、その少し後ろではフランが静かに雪原を見つめていた。
純白のゲレンデ。どこまでも広がる雪景色。初めて目にする世界に、期待と不安が入り混じっているようだった。
「……大丈夫?」
エルナが優しく声を掛ける。
「……うん。でも、ちゃんと滑れるかな……」
その小さな声には、素直な不安が滲んでいた。するとレッドが穏やかに笑いながら言った。
「最初はみんなそうだよ。いきなり上手く滑れる人なんてほとんどいない。まずは1番ゆるいコースから行こう」
「うん⋯⋯」
そしてフランは少しだけ表情を和らげた。4人はゆっくりと初心者コースへ向かう。人工雪とは思えないほど柔らかな雪が、陽の光を受けて細かく輝いている。冷たい空気が頬を撫でるたび、吐く息は白く染まった。
「わぁ……本当に冬みたい」
エルナは思わず足を止める。さっきまで南国のような海辺を歩いていたとは思えない。同じリゾート施設とは信じられないほど景色が違っていた。
するとレイラも周囲を見回しながら何度も頷く。
「すごいよね〜。海もあって雪山もあるなんて! カラミティアルランドって何でもあるんだね!」
「やっぱり最大級って言われる理由が分かる気がする」
レッドも雪景色を眺めながら呟いた。やがて4人は緩やかな斜面のスタート地点へ到着する。係員から簡単な説明を受け、いよいよ滑り始める時間だ。
「じゃあ、まずは板に慣れるところから」
レッドは実演しながらゆっくり動きを説明する。
「焦らなくていいよ。少しずつ体重を前に──」
「う、うん!」
エルナは真剣な表情で頷き、その動きを1つひとつ真似していく。最初はぎこちなかった足運びも、何度か繰り返すうちに少しずつ形になってきた。
「すごい⋯⋯飲み込みが早いな!」
レッドは思わず感心する。
「ふふっ」
褒められたエルナは嬉しそうにはにかんだ。一方のフランはというと、まだ慎重だった。1歩進むたびに足元を確かめ、小さく深呼吸を繰り返している。そんな彼女の隣へ、エルナが自然と並んだ。
「一緒に行こ」
そう言って差し出された手。フランは少しだけ迷ったあと、その手をそっと握る。
「……ありがとう」
2人は歩幅を合わせながら、ゆっくり雪の上を進んでいく。その後ろ姿はどこか微笑ましく、見ているだけで自然と頬が緩んだ。そして──。
「いっくよぉぉぉぉ!!」
勢いよく飛び出したレイラは、わずか数秒後。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
豪快に雪の上へ転がり、白い雪煙がふわりと舞い上がる。しばらく静まり返ったあと、雪の中から元気な声だけが響いた。
「……えへへ、転んじゃった!」
レッドは額に手を当て、大きくため息をつく。
「……やっぱり、こうなると思ってた⋯⋯」
その一言に、エルナとフランは顔を見合わせると、思わず声を上げて笑った。そしてこの雪山には、4人の笑い声がいつまでも心地よく響き続けていた。
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