第50話「霧の森に響く声」
観光祭が始まってしばらく経つと、レッドたちの焼きそば屋台は途切れることなく客が訪れていた。
鉄板の上では麺が絶えず焼かれ、香ばしいソースの香りが周囲へ広がる。レッドとレイラ、そして班員たちは休む暇もないほど忙しく動き続けていた。
「焼きそば3つお願いしまーす!」
「こちら追加3人前!」
「はいよ〜!」
威勢のいい声が飛び交い、屋台は活気に満ちている。レイラは手際よく麺を炒めながら笑顔で返事をした。
「任せて〜! すぐ出来るからね!」
ジュウッ、と鉄板が音を立てる。湯気の向こうで、レイラはヘラを軽やかに操りながら次々と焼きそばを仕上げていく。
「どんどん出来るよ〜! レッド、お願い!」
「あいよ!」
レッドは完成した焼きそばを受け取り、容器へ盛り付けて客へ手渡していく。
「お待たせしました!」
「ありがとうございます!」
忙しさの中にも、どこか心地よいリズムがあった。そしてやがてレッドとレイラが担当を交代し、レイラが接客に立つ。そんなときだった。
「あ、あのっ……!」
少し緊張したような声が聞こえる。レイラが振り向くと、1人の少女が列の先頭に立っていた。
透き通るような肌。肩口でふわりと揺れる柔らかな髪。そして、澄み切った美しい瞳。木漏れ日を受けたその姿は、まるで1枚の絵画から抜け出してきたかのような透明感をまとっていた。
「……ほ、ほぉ〜」
レイラから思わず感嘆の声が漏れる。あまりにも整った容姿に、レイラはしばらく見惚れてしまっていた。少女は少し困ったように首を傾げる。
「えっと……どうか、しましたか?」
「えっ!?」
レイラは我に返り、ぶんぶんと手を振った。
「あ、いえ! その……今日はお空が綺麗だなぁって!」
自分でも意味が分からない言い訳だった。少女は一瞬きょとんとしたあと、小さく笑う。
「あ、あはは……」
その笑顔まで可愛らしくて、レイラはさらに感動してしまう。
(かわいい……なにこの子……天使……?)
そんな心の声を必死に押し込めながら、レイラはいつもの笑顔を作った。
「もしかして、高校生?」
「うん! 16歳だよ〜」
「えぇっ!? 同い年じゃーん!」
「ほんと?」
「やったぁ!」
年齢が同じだと分かっただけで、一気に親近感が湧いてくる。少女も嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。私も同い年の人がいて安心した」
「ねぇねぇ! 名前聞いてもいい?」
「いいよ〜」
少女は胸元で手を重ね、柔らかく微笑む。
「私は――『エルナ・エヴァレット』。あなたは?」
「レイラ! レイラ・アクランドだよ!」
「レイラちゃん、素敵な名前だね!」
「ありがとー!」
レイラは満面の笑みを浮かべる。初対面とは思えないほど自然に会話が弾み、2人の間にはすぐに穏やかな空気が流れ始めた。
その様子を見ていたレッドが、鉄板の前から声をかける。
「おーい。もう出来てるぞー」
「あっ! 忘れてた!」
そしてレイラは慌てて焼きそばを受け取り、エルナへ差し出す。
「はい! お待たせしました!」
「ありがとうございます!」
エルナは両手で丁寧に受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。その後軽く頭を下げ、そのまま人混みの中へ歩いていく。
レイラはその後ろ姿が見えなくなるまで見送り、小さく呟いた。
「……かわいかったなぁ」
するとその横でレッドが苦笑しながら問いかける。
「随分長話してたけど、何かあったのか?」
「すっごくかわいい子が来た! もうキラキラパァーって感じ!」
「あのエルナって子か。あぁ、確かに綺麗な子だったね」
「でしょでしょ! また会えたら絶対連絡先交換したい!」
「いや、まだ初対面だぞ?」
「いいの! 友達になるのに早いも遅いもないもん!」
そう言って胸を張るレイラに、レッドは呆れ半分、感心半分といった表情で笑う。
――その頃。エルナは焼きそばを大事そうに抱えながら、賑やかな観光祭会場をあとにしていた。この先に、自分の運命を大きく変える出会いが待っていることなど、まだ知ることもなく。
エルナは焼きそばの入った容器を両手で大切そうに抱えながら、観光祭の会場をゆっくりと歩いていた。ソースの香ばしい匂いに思わず頬が緩む。
「ん〜……おいしい……!」
一口頬張るたび、自然と笑みがこぼれる。屋台の賑わいを眺めながら歩くその足取りは軽く、見るものすべてが新鮮だった。
「同い年で、あんなに頑張ってるなんてすごいなぁ……」
先ほど出会ったレイラとレッドの姿を思い出し、小さく微笑む。いつかまた話せたらいいな――そんなことを考えながら、気ままに散策を続けていた。
やがて、人の流れから少し外れた道へ入る。観光エリアとは違い、辺りは静かな森林地帯だった。木々が陽射しを遮り、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
「こっちにも何かあるのかな?」
興味本位で歩みを進めるエルナ。しかし、その表情は次の瞬間、緊張へと変わる。
「――きゃあぁぁぁっ!!」
突然、鋭い悲鳴が森の奥から響いた。エルナは反射的に顔を上げる。
「……! 今の……女の人の声……?」
そしてエルナは迷うことなく駆け出した。枝を避け、草を踏み分けながら悲鳴のした方向へ走る。ところが、数十メートル進んだところで、周囲の景色が急変した。
「……え?」
白い霧。濃密な霧が、森一帯を覆っていた。数歩先すら見えないほど濃く、木々の輪郭がぼやけている。
「こんな霧……さっきまでなかったのに……」
戸惑いながらも足は止めない。悲鳴を聞いた以上、引き返すという選択肢はなかった。
「……見えない⋯⋯でも、この辺りのはず……!」
1歩。そしてまた1歩。慎重に霧の中を進んでいく。やがて視界が少し開け、小さな空間へ出た。
そこには、1人の少女がしゃがみ込み、頭を抱えながら震えていた。
「う、うぅ……」
肩を震わせ、涙をこらえるように息を荒くしている。エルナは急いで駆け寄った。
「大丈夫!? ケガしてない?」
すると少女は恐る恐る顔を上げる。まだ幼さの残る整った顔立ち。しかし、その瞳は恐怖で大きく揺れているように見えた。
「……あ、でも……う、後ろ……後ろ……!」
そして顔を上げた少女は、震える指をエルナの後ろへ向けた。
「え?」
エルナはゆっくりと振り返る。その瞬間だった。霧の奥で何かが動いた。黒い影。いや――それは、この世界の生き物とは思えない異形の獣だった。
風も吹いていないのに逆立つ黒い毛並み。霧そのものから形を得たような輪郭。闇の底で揺らめく2つの瞳だけが、不気味な光を放っている。
その瞳には獣らしい本能ではなく、人の思考にも似た冷たい意志が宿っていた。
「……rrrr⋯⋯Garrrrr……」
低いうなり声が森全体へ響く。空気が重い。胸を押し潰されるような圧迫感に、思わず呼吸が浅くなる。
――しかし、それでもエルナは逃げなかった。咄嗟に少女の前へ1歩踏み出し、自分の身体で庇うように両手を広げる。
「……っ、初めて会ったばかりだけど……この子が怖がってる。だから……お願い、帰って」
震えている。声も、足も、指先も。それでも、その瞳だけは真っ直ぐだった。獣はゆっくりとエルナを見つめ返す。
「……ahh? Gurrrrr……」
その視線は敵意ではない。値踏みするような、奇妙な観察だった。森に静寂が訪れる。10秒。20秒。やがて1分。永遠にも感じられる時間が流れていく。
少女は息を潜めたまま動けない。エルナも視線を逸らさない。そして――獣は小さく鼻を鳴らすと、ゆっくり背を向けた。
黒い身体は霧へ溶け込むように輪郭を失い、そのまま音もなく姿を消していく。残されたのは静寂だけだった。
「……行ったぁ。よかったぁ……」
エルナは大きく息を吐く。その場へへたり込みそうになる足をどうにか踏みとどまる。少女も安堵したように肩の力を抜いた。
「⋯⋯あ、ありがとう……すごく……怖かった……」
エルナは優しく微笑み、少女へ手を差し伸べる。
「もう大丈夫だよ。立てる? それと名前を聞いてもいいかな?」
少女は小さく頷き、その手を握った。
「……私、『フラン』。フランっていうの」
「うん、私はエルナ。観光で来たんだけど、フランちゃんも?」
「……うん。1人で。16歳……」
「えっ! 同い年なの!? 今日だけで2人目! なんだかすごい偶然だね!」
そうしてエルナは目を丸くして言う。フランは少しだけ困ったように笑った。さっきまで震えていた表情にも、ほんの少しだけ安心の色が戻っている。
やがて、エルナは再びフランに話しかける。
「だったらさ、一緒に回ろう? 私、まだ行きたい場所いっぱいあるんだ!」
「……いいの?」
「もちろん! 1人より、2人のほうが絶対楽しいでしょうから!」
エルナは屈託なく笑い、手を差し出した。フランは少しだけ迷ったあと、その手をそっと握る。そして、2人は並んで霧の森をあとにした。
けれど――振り返った先には、なおも白い霧が静かに漂っている。まるで、まだ何かが終わっていないと告げるかのように。
ついにエレクロ50話突破!! 合計100話まであと半分ですね〜。
しかしまだまだエレクロは続いていくのでぜひこれからも見守りをよろしくお願いします!
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