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エレメントクロニクル-Element Chronicle  作者: 水城ゆら
2章【新たなる出会い編】
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第48話「鼓動する心情と風の歌」

 観光祭の準備は、なおも順調に進んでいた。鉄板には火が入り始め、じわじわと熱を帯びた金属の表面から、食欲をそそる香ばしい匂いが会場のあちこちへ広がっていく。


 木槌で看板を固定する音、楽しそうに笑い合う生徒たちの声、潮風に揺れる色鮮やかな旗。それらが重なり合い、祭りの始まりを告げるような活気となって、この広場全体を包み込んでいた。


 レッドたちの焼きそば班も、最後の確認へ入っている。段ボールの中身を整理し、鉄板の周囲に必要な道具を並べ、誰が何を担当するのかを改めて確認する。



「麺、こっち置いとくぞ」


「ありがとー!」


「ソースあと3本ある?」


「ここだよー!」



 班員同士が声を掛け合いながら、手際よく準備を進めていく。そのやり取りは慌ただしいはずなのに、どこか楽しげで、見ているだけでも自然と気持ちが明るくなるようだった。

 そんな中、レイラはキャベツを切り終え、ふぅ、と小さく息をついた。包丁を置き、まな板の上に残った細かな葉を軽く払う。



「これで、終わりかなぁ……」



 そのときだった。近くを歩いていた別のクラスの男子生徒2人の会話が、ふと耳へ飛び込んでくる。



「そういえばさ。この辺に有名な恋愛神社があるらしいぜ」


「恋愛神社? なんだそれ」


「知らないのか? ここじゃ結構有名なんだって。カップルで参拝すると末永く結ばれるって言われてるらしい」


「へぇ~。そういうの本当にあるんだ」


「しかもさ。恋人がいない人でも、恋愛成就のご利益があるとか。」


「おぉ、それは気になるな」


「俺、今日終わったら彼女と行く約束してるんだ」


「はいはい、ごちそうさま」


「なんだよその反応!」



 そして2人は笑いながら、そのまま人混みの中へ消えていった。何気ない、ほんの短い会話だった。けれどレイラは、置いた手を止めたまま、その背中をぼんやりと見送る。



(……そんな場所、あるんだ)



 胸の奥に、ふわりと小さな波紋が広がる。ほんの些細な話のはずなのに、その言葉だけが妙に耳に残って離れない。

 無意識に、視線がレッドの方へ向く。レッドは班員たちと話しながら鉄板の位置を調整していた。真剣な表情。時折見せる笑顔。幼い頃から何度も見てきた、変わらない横顔だった。

 その姿を見ているだけで、なぜか胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。



(……もし、一緒に行ったら……)



 そこまで考えた瞬間。



「――っ!」



 レイラは勢いよく首を横へ振る。自分でも驚くほど大きな動きだった。



(ち、違う違う! それは⋯⋯自分の力で⋯⋯!)



 頬がほんのり熱くなる。理由は自分でも分からない。ただ、2人の男子生徒の言葉を聞いてから、心臓だけが少し落ち着かなかった。

 胸の鼓動が、いつもよりほんの少しだけ速い。その違和感に気づいてしまったせいで、余計に意識してしまう。



「レイラ〜! ぼーっとしてないで手伝って〜!」



 すると、班員の声でレイラは我に返る。



「ふぇっ!?」



 肩をびくりと震わせ、慌てて振り返る。完全に意識が別の場所へ飛んでいたことを自覚し、レイラはあたふたと手を振った。



「ご、ごめん! 今行く〜!」



 急いで駆け寄るものの、どこか動きがぎこちない。まるで足元が少しふわふわしているみたいに、落ち着きがない。

 その様子を見たレッドが、不思議そうに首を傾げた。



「……あ、やっと戻ってきた。何してたの?」


「えっ、えっとね……!」



 レイラは口を開く。しかし、何から話せばいいのか分からない。さっき耳にした会話も、胸の奥でざわついている気持ちも、うまく言葉にできないまま、焦りだけが先に立ってしまう。



「あのね……! そのね……! えっと……!」



 言葉だけが空回りしていく。するとレッドは苦笑しながら肩をすくめた。



「そんな焦ってどうした。何かあったのか?」


「ち、違うの!」



 レイラはぶんぶんと首を振る。そして、思わず勢いのままに口を開いた。



「なんか……すごい神社があるんだって!」


「神社?」


「うん! れんあ……じゃなくて! えっと! と、とにかく有名なんだって!」



 危うく本当の名前を言いかけ、慌てて飲み込む。自分でも何を隠そうとしているのか分からなくなり、余計に顔が熱くなる。

 そんなレイラの様子には気付かず、レッドは素直に頷いた。



「へぇ、面白そうだね。時間があったら見てみたいかも」


「……!」



 その一言だけで、レイラの表情がぱっと明るくなる。さっきまでのそわそわした空気が嘘みたいに、目の奥に小さな光が灯った。



「だ、だよね! すごいよね!」



 思わず前のめりになるレイラに、レッドは少しだけ後ずさる。



「いや……その前に⋯⋯今日はやけにテンション違うな。なんか逆に怖い」


「えっ!? そ、そんなことないもん!」



 慌てていつもの笑顔を作るレイラ。けれど胸の奥では、小さな鼓動だけが、さっきより少しだけ速くなっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――その頃。観光祭の準備で賑わうメインエリアから少し離れた場所。人通りの少ない湖畔には、朝の静けさが今もなお残されていた。

 澄み渡る青空を映した湖面は、まるで1枚の鏡のように穏やかに輝いている。風は優しく木々の葉を揺らし、そのざわめきに合わせるように、小鳥たちが枝から枝へと飛び移っていた。


 街の喧騒が遠く霞むこの場所だけは、時間の流れさえゆっくりになったかのようだった。その湖畔を、1人の少女がゆっくりと歩いている。

 昨日、駅で観光パンフレットを眺めていた少女。そして今日、期待を胸にこのリゾート地を訪れた少女だった。肩の上辺りまで伸びた髪を風になびかせながら、彼女は景色を眺めて小さく微笑む。



「……きれい」



 ただその一言だけで、この景色への感動が十分に伝わる。少女は湖のほとりで立ち止まり、深く息を吸い込んだ。

 潮風とは違う、水辺特有の涼やかな空気。花々のほのかな香り。自然が奏でる音色。そのすべてを胸いっぱいに吸い込みながら、彼女はどこか嬉しそうに目を細める。

 そして、彼女は小さく鼻歌を歌い始めた。



「ラ、ララ〜♪ ラララ〜♪」



 柔らかな旋律が、静かな湖畔へと溶け込んでいく。歩幅に合わせて自然と口ずさまれるその音色は、どこか子守唄のようにも聞こえた。

 少女はくるりと一回転し、太陽へ向かって両手を広げる。眩しい陽射しに目を細めながら、小さく笑った。



「今日は、いっぱい思い出作ろう――!」



 その言葉は、まるで自分自身へ言い聞かせるようだった。もう1度湖を見つめる。穏やかな水面に映る自分の姿。

 その景色に導かれるように、少女は静かに歌い始める。それは鼻歌ではなく、1つの“歌”だった。



――眠れぬ星が 空をさまよう

――誰かの夢を 探しながら

――わたしの声が 届くのなら

――どうか あなたに 光を



 澄み切った歌声が、風に乗って湖の向こうまで響いていく。どこまでも優しく、どこまでも透き通るように。まるで、この世界そのものを包み込むような温かさを宿していた。


 その歌声に応えるように、小鳥たちはさえずりを止める。木々を揺らしていた風も、ほんの一瞬だけ静まり返った。湖面には、小さな波紋がゆっくりと広がっていく。

 自然さえ耳を澄ませているような、不思議な時間だった。歌い終えた少女は、少し照れくさそうにはにかむ。



「……てへへ。やっぱり歌うと気持ちいいな〜」



 誰に聴かせるでもなく、ただ景色に溶け込むように紡がれた歌。しかし、その歌声は偶然にも、風に乗って遠くまで運ばれていた。


 まだ少女は知らない。その優しい歌声が、この広大なカラミティアルランドのどこかで、誰かの耳へ届こうとしていることを。

 そして、その小さな偶然が、やがて運命の歯車を静かに動かし始めることを――。

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