第47話「観光祭に向けて」
カラミティアルランド中央エリア。観光祭のメイン会場となる広場では、朝早くから慌ただしい空気が漂っていた。まだ太陽は高く昇りきっていないが、南国特有の強い陽射しはすでに石畳をじんわりと温め始めている。
広々とした通りには、色とりどりの旗が潮風に揺れていた。遠くから聞こえる波の音と、準備に追われる生徒たちの声が混ざり合い、この場所だけがひと足先に祭りの熱気を帯びているようだった。
とはいえ、まだ一般客の姿はほとんどない。観光祭が始まるまでに残された時間は、およそ1時間ほど。
短いようでいて、準備の進み具合によっては致命的な差が出る。今日一日の成功を左右すると言っても、決して大げさではなかった。
先生は広場の中央へと進み出ると、パン、と手を叩いて全員の注意を引いた。
「はい、みなさん注目してください!」
その声に、生徒たちの視線が一斉に集まる。ざわついていた空気が少しだけ引き締まり、広場の中心に立つ先生へ自然と意識が向いた。
「ここが、これから皆さんに担当してもらう観光祭の会場です! 事前に決めた役割通り、それぞれ協力して準備を進めてくださいね! せっかくの機会ですから、最高の思い出を作りましょう!」
「はーい!」
威勢のいい返事が、広場いっぱいに響き渡った。その声には、緊張よりも期待が勝っている。普段の学校行事とは違う、少し特別な空気に、生徒たちの表情も自然と明るくなっていた。
「よーし!」
「絶対一番売るぞ!」
「負けないからな!」
「うちのクラスが優勝だー!」
あちこちから気合いの入った声が飛び交う。誰もが自分たちの担当を成功させようと、すでにやる気十分だった。
食べ物を扱う屋台。射的や輪投げなどのゲームコーナー。手作りアクセサリーの販売。
特設ステージの班では音響スタッフが慌ただしく機材を運び、お化け屋敷の班は、すでに演出の確認と悲鳴の練習を始めていた。
学校の文化祭とは規模がまるで違う。観光地の中心で行われるだけあって、どの班も本格的だ。それでも、生徒たちの表情に浮かぶ楽しさは、その文化祭と何1つ変わらなかった。
やがてレッドは自分らの班員たちを見回し、大きく拳を握る。
「よし! 俺たちも始めるぞ!」
「おーっ!!」
そして、全員が元気よく拳を掲げながら返事をする。――ただ1人を除いて。
「わたぁぁぁぁぁっ!!」
レイラだけが、なぜか気合いとともに謎の掛け声を放った。一瞬、周囲の動きがぴたりと止まる。静まり返る空気。数秒の沈黙のあと、班員たちが顔を見合わせた。
「⋯⋯なんだ今の!」
「気合いの入れ方おかしいだろ!」
すると次の瞬間、堪えきれなくなったように班員たちが一斉に笑い出す。レイラは首を傾げ、きょとんとした顔をしたまま自分の周囲を見回した。
「え? 普通じゃない?」
「普通じゃない」
レッドは即答した。そんな他愛もないやり取りを交えながら、それぞれが持ち場へ散っていく。まだ始まったばかりだというのに、すでに班の空気はいつも通りだった。
レッドたちの担当は焼きそば屋台だった。鉄板、ガスコンロ、調理器具、大量の食材。キャベツや豚肉、麺が入った段ボールが山積みにされており、見ただけでもかなりの量だと分かる。
「焼きそばか。文化祭でも人気だったよな」
レッドが段ボールを持ち上げながらそう呟くと、班員の1人が頷いた。
「ここじゃ名物グルメらしいぜ。観光客にも人気なんだって」
「へぇ〜。なら、気合い入れないとな!」
レッドは短くうなずき、鉄板の位置を確認する。すると、その横から元気いっぱいの声が飛んできた。
「そしたら! ……なにすんの☆」
そしてレイラが両手を挙げながら言う。数秒後、レッドは深いため息をついた。
「……まず仕事を覚えろ」
「えへへ、ごめん!」
そう言って笑うレイラに、班員たちはまた笑い声を漏らす。慌ただしい準備の中にも、こうしたやり取りがあるだけで、不思議と空気が和らいでいった。
こうして、レッドたちの賑やかな焼きそば班の準備が始まった。――そして、誰もが、この観光祭が楽しい2日間になると信じて疑わなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
準備開始の合図から、およそ30分。先ほどまで静けさに包まれていた会場は、いつの間にか別人のように活気づいていた。
木製の屋台が次々と組み上がり、鉄板の焼ける音や工具を打ち付ける軽快な音、そしてあちこちで交わされる笑い声が、広場いっぱいに広がっている。
海から吹き抜ける穏やかな風は、潮の香りと木々の青々とした匂いを運び、南国らしい開放感をいっそう際立たせていた。
思わず深呼吸したくなるような心地よさの中、レッドは段ボールを運び終えると、額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら周囲を見渡した。
「みんな順調そうだな」
近くでは、別の班の生徒たちが慌ただしく準備を進めていた。
机を運ぶ者、看板を立てる者、装飾を飾り付ける者――それぞれが自分の役割を理解し、忙しそうに動き回っている。
「おーい!」
「そこの予備テーブル持ってきてくれー!」
「了解!」
別の班にいる男子生徒が返事をすると、勢いよく駆け出していく。一方、その隣では――。
「こっち忙しいから手伝ってー!」
「今行くー!」
女子生徒たちが笑い合いながら段ボールを運んでいた。慌ただしいはずなのに、どこか楽しげな空気が漂っているのは、やはり観光祭ならではなのだろう。
さらに少し離れた食べ物エリアでは、焼き鳥の香ばしい匂いが漂い始めていた。炭火の上でじゅうじゅうと音を立てる串焼きに、思わず足を止めそうになる生徒も少なくない。
「こらー! つまみ食いは禁止だぞ!」
すると、先生の鋭い声が響いた。
「えぇ~! 1本くらいいいじゃん!」
「ダメです!」
追いかけ回される生徒たちを見て、周囲からどっと笑いが起こる。そのまた向こうでは、海へ向かって走っていく男子生徒が2人いた。
潮風を受けながら堤防の方へ駆けていくその姿は、まるで子どものように無邪気だ。
「なぁ! せっかくだし、海に向かって叫ぼうぜ!」
「いいな!」
2人は堤防の先端まで駆け上がると、胸いっぱいに息を吸い込んだ。目の前には、どこまでも広がる青い海。
その景色に背中を押されるように、2人は声を合わせる。
「せーの!」
「「やっほぉぉぉぉーーっ!!」」
叫び声は青い海へ吸い込まれていき、数秒遅れて小さな反響となって返ってくる。
「聞こえた!」
「めっちゃ響いた!」
そして2人は子どものようにはしゃぎながら笑い合った。しかしその賑やかな空気は、レッドたちの焼きそば班にも負けていない。
鉄板の準備を進める手元は忙しいはずなのに、班の中にはどこか和やかな空気が流れていた。
「見て見てー!」
するとレイラが嬉しそうに手を掲げる。その手には、小さなキャベツ。いや、正確にはキャベツで作られた1匹の蝶だった。
「じゃーん! キャベツちょうちょー!」
薄く切った葉を羽に見立て、芯の部分を胴体にして作られたそれは、想像以上に完成度が高い。葉の重なり方まで妙に丁寧で、ちょっとした飾り物として通用しそうなほどだった。
「えっ! すごっ!」
「本物みたい!」
班員たちは思わず歓声を上げる。レイラは得意げに胸を張った。
「えっへへ~。でしょー?」
しかし、すぐ隣から呆れた声が飛んでくる。
「……食べ物で遊ぶな」
レッドだった。その声には注意というより、半ば諦めにも似た響きが混じっている。レイラは一瞬固まる。
自分が何をしていたのか、ようやく思い出したような顔だった。
「⋯⋯あ」
そして少しだけ申し訳なさそうに目を伏せると――
「じゃあ食べる!」
ぱくっ、と。ためらうことなく蝶を口へ放り込んだ。レッドは目を瞬かせる。まさか本当に食べるとは思っていなかったのだろう。
「そのまま食うのかよ!?」
班員たちは一斉に吹き出した。
「はははは!」
「そう来たか!」
「自由すぎる!」
レイラはもぐもぐとキャベツを頬張りながら、満足そうに笑う。
「んん〜おいしいおいしい」
「いや、そういう問題じゃないからな……」
レッドは肩を落としながら苦笑する。それでも、その何気ないやり取りが班全体の空気を和ませていた。
準備は順調。笑い声も絶えない。そう――誰もが、この観光祭は成功すると信じて疑わなかった。
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