第44話「ようこそ、カラミティアルランドへ」
「それでは、クラスごとにバスへ乗車してください!」
先生のよく通る声が校門前へ響き渡る。その合図を皮切りに、生徒たちは次々と大型観光バスへ乗り込み始めた。
色とりどりの旅行バッグ。首から提げたカメラ。友人同士で交わされる楽しげな笑い声。校庭全体が、これから始まる四泊五日の旅への期待に満ち溢れていた。
「楽しみだなぁ!」
「早く着かないかな!」
「絶対写真いっぱい撮ろうね!」
誰もが笑っている。その光景は、ごく普通の学生たちが過ごす、ごく普通の青春の1ページだった。
レッドも列に並び、自分のクラスのバスへ乗り込む。窓側の席へ腰を下ろすと、大きく息をついた。
「やっと座れた〜……」
旅行バッグを足元へ置き、窓の外を眺める。次々と乗り込んでくるクラスメイトたち。先生たちは人数を確認しながら慌ただしく歩き回っていた。その時。
「レッド!」
聞き慣れた声とともに、隣の席へ勢いよく荷物が置かれる。その声は予想通り、レイラだった。
「またお前か」
「えへへ~。先生にお願いしたら隣にしてくれた!」
「……お前な」
「だって一緒の方が楽しいじゃん!」
無邪気な笑顔。その笑顔を見ていると、不思議と呆れる気持ちも薄れていく。
「⋯⋯まぁ、騒ぎすぎるなよ」
「はーい!」
その返事だけは立派だった。すると案の定、彼女はその数秒後には後ろの席へ話しかけている。
「ねぇねぇ! お菓子交換しようよ!」
「まだ出発してないぞ」
レッドは思わずツッコミを入れた。そんなやり取りに周囲の生徒たちも笑い出し、車内は一気に賑やかな空気へ包まれていく。
やがて全員の乗車が終わり、先生がマイクを手に取った。
「皆さん、おはようございます! 今日から4泊5日の学年旅行です。体調管理には十分気を付けて、思い切り楽しみましょう!」
「はーい!」
300人近い生徒たちの返事が、何台ものバスから一斉に響く。先生は満足そうに頷いた。
「それでは、安全確認完了。出発します!」
そしてエンジン音が静かに唸る。大型バスはゆっくりと学校を離れ、街へ向かって走り始めた。
その後走り始めてしばらくすると、車内では恒例のレクリエーションが始まった。担当の係の生徒がマイクを持ち、前方へ立つ。
「それでは最初のゲーム! 『これは誰でしょうクイズ』でーす!」
「いぇーい!」
車内から大きな歓声が上がる。レッドも窓から視線を戻し、小さく笑った。係の生徒は1枚の紙を見ながら苦笑する。
「それでは最初のお題……『かわいくて、キラキラした、明るい人』……ってなんだこれ」
その一言で車内は笑いに包まれた。すると後方の席から女子生徒が手を挙げる。
「あ、それ私が考えたやつー!」
「説明ざっくりしすぎ!」
そして誰かがツッコむ。するとレイラが首を傾げながら考え始めた。
「うーん。誰だろ~?」
その天然な反応に、今度は車内中が吹き出した。
「レイラでしょ!」
「絶対レイラ!」
「あ、それしかない!」
あちこちから名前が飛び交う。そして係の生徒も笑いながら頷いた。
「正解! レイラさんでしたー!」
「えぇ~~っ! 私だったの⋯⋯?!」
本人だけが1番驚いていた。そんな賑やかな笑い声を乗せながら、バスは一路、カラミティアルランドへ向けて走り続ける。
誰もが、この旅が忘れられない思い出になると信じていた。
レイラはぱちぱちと目を瞬かせ、自分を指差した。その素直すぎる反応に、車内は再び大きな笑いに包まれる。
「気付いてなかったのかよ!」
「天然〜」
「レイラらしいなー」
あちこちから飛ぶ声に、レイラは照れくさそうに頬をかいた。
「えへへ……そんなに褒められると照れちゃうよ~」
「褒めてるかどうかは微妙だけどな」
そうしてレッドが呆れたように笑うと、近くの男子生徒が身を乗り出した。
「そういえばさ、レッド。お前ってレイラと昔から一緒なんだろ?」
「ん? ああ。近所だからな。幼稚園の頃からの付き合いだよ。」
「へぇ~」
レッドは首を傾げながら答えた。男子生徒は感心したように頷く。
「いいなぁ。レイラって学校じゃ結構有名なんだぞ?」
「え? 何それ」
レッドは思わず聞き返した。
「逆に知らなかったのか?」
「知らない知らない」
即答だった。男子生徒は苦笑しながら肩をすくめる。
「可愛いって評判だし。明るいし。話しかけやすいし。男子からも女子からも人気あるんだよ。」
「あっ、そうそう。一部じゃファンクラブあるって噂まであるし」
すると別の男子も会話へ加わりながらそう言った。レッドは半ば呆れながら隣を見る。
「……お前ら」
当の本人はというと、前の席の女子たちとお菓子を交換しながら楽しそうに笑っていた。いつも通り。本当に、いつも通りだった。
「あいつがそんなに人気だったとは……」
思わず本音が漏れる。すると男子生徒がニヤリと笑った。
「じゃあさ。レッドはどうなんだ?」
「何が?」
「レイラのこと。好きじゃないのか?」
その一言で、レッドの思考が止まった。そして周囲の男子たちは面白そうに笑い始める。
「…………は?」
「いやいや、そんな反応しなくても。幼なじみだろ? 付き合ったりはしないの?」
「お似合いだと思うけどな~」
「おいおいおい!」
するとレッドは咄嗟に片手を振る。
「そんなわけないだろ、別に普通だよ」
「普通?」
「ほんとか~? 絶対意識してるって」
「それ以上言ったら怒るぞ!」
必死に否定するレッド。その様子を見て、男子たちはさらに笑い声を上げた。その一方で、レイラは何を話しているのか分からないまま首を傾げている。
「レッド、どうしたの?」
「――なんでもない」
「ほんと?」
「ほんと」
レイラは「ふーん」と小さく頷くと、また女子たちとの会話へ戻っていった。その無邪気な姿を見送りながら、レッドは小さくため息をつく。
(……あいつを好きになること、か――)
そう自分へ言い聞かせるように窓の外へ視線を向けた。流れていく街並みは、いつしか高層ビル群から豊かな自然へと姿を変え始めている。
出発から約2時間。車窓の向こうには、どこまでも広がる海と緑、そしてその奥にぽつんと広がる、草木の生えない黒い大地が見え始めていた。
「あっ! 見えてきた!」
すると誰かが声を上げる。その一言で、生徒たちが一斉に窓へ顔を寄せた。
「すごい……!」
「テレビで見た場所だ!」
「あれがゼログランド……?」
広大な黒い大地は、周囲の鮮やかな景色とはあまりにも対照的だった。生命の気配を感じさせない静寂。果てしなく続く無の大地。
まるで世界から色だけが切り取られたような、不思議な光景だった。
すると前方から先生の声が響く。
「皆さん、右をご覧ください。あちらに見えるのが、『ゼログランド』です。1000年前、コードゼロの影響によって誕生したと伝えられている歴史的な場所ですね」
生徒たちは息を呑み、その景色へ見入る。期待、驚き。そして、言葉にできない不思議な感覚。様々な感情が入り混じる中、バスはさらに速度を落としながら目的地へ近付いていく。
その先には、巨大リゾート都市――カラミティアルランド。
楽しい思い出が待つはずの場所。しかしその裏では、すでに静かに闇が動き始めていることを、この時の誰1人として、知る由もなかった。
面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマーク等でぜひ応援をお願いします!




