第45話「楽園への第一歩」
大型バスは緩やかに速度を落とし、巨大なロータリーへと滑り込んだ。
窓の外には、南国を思わせるヤシの木が等間隔に並び、その向こうには青く澄み切った海がどこまでも広がっている。
潮風が木々を揺らし、太陽の光を受けた水面は無数の宝石を散りばめたように輝いていた。街全体から漂う開放感に、生徒たちの歓声が自然と大きくなる。
「すご……!」
「本当に来ちゃったんだ!」
「想像してたより何倍も広い!」
あちこちから感嘆の声が上がる。レッドも窓越しに広がる景色を眺めながら、小さく息を漏らした。
「……これは、想像を超えてるな」
テレビやパンフレットで何度も見てきた景色。しかし、実際に目の前へ広がる光景は、それらとは比べ物にならないほど壮大だった。
自然と都市が違和感なく溶け合い、海、森、街並みが1つの芸術作品のように調和している。これが世界最大級とも謳われるリゾート地――カラミティアルランド。
そう呼ばれる理由が、一目で理解できた。やがてバスは静かに停止する。エンジン音が止まると同時に、先生がマイクを手に取った。
「皆さん、お疲れさまでした。予定通り到着しましたね。それでは荷物を持って、順番に降りてくださーい!」
「はーい!」
その言葉だけで、生徒たちの期待は最高潮へ達する。 待ちきれない様子で立ち上がる生徒たち。
頭上の棚から荷物を下ろし、友人同士で笑い合いながら出口へ向かっていく。レッドも旅行バッグを肩へ掛け、ゆっくりと立ち上がった。
「ほら、やっと着いたね。レイラ」
「長かった〜!」
隣ではレイラが大きく伸びをする。座りっぱなしだった身体をほぐすように腕を上へ伸ばすと、その勢いで荷物が1つ、また1つと床へ落ちた。
「あっ、落としちゃった」
「何個持ってきてるんだ、本当に」
そう言ってレッドは呆れながらも、レイラの荷物を拾い上げてその一部を自分の肩に掛ける。するとレイラは満面の笑みを浮かべた。
「えへへ、ありがと! レッド優しい!」
「……荷物を減らせ」
「それは無理!」
即答だった。そんな他愛もないやり取りを交わしながら、2人もバスを降りる。外へ1歩踏み出した瞬間、爽やかな潮風が頬を撫でた。
「……」
思わず立ち止まる。潮の香り、波の音、暖かな陽射し、街全体を包む穏やかな空気。学校では決して味わえない非日常が、そこにはあった。
見上げれば、澄み切った青空。足元には南国らしい石畳の遊歩道が続き、その両脇には色鮮やかな花々が咲き誇っている。
さらに奥では観光客たちが笑顔で行き交い、土産店からは陽気な音楽が流れていた。
「すごい……」
誰かが思わず呟く。その一言は、そこにいた全員の気持ちを代弁していた。そして先生が先頭へ立ちながら言った。
「これから観光祭の会場へ向かいます。はぐれないようについて来てくださいね」
生徒たちは列を作り、ゆっくりと歩き始める。木漏れ日が差し込む遊歩道、風に揺れる木々。どこからか聞こえてくる子どもたちの笑い声。
歩けば歩くほど、この街の魅力が次々と姿を現していく。レッドは周囲を見渡しながら感心したように笑う。
「ここまで作り込まれてるとは思わなかったな。世界中から観光客が来る理由が分かる気がする」
その隣を歩くレイラも、目を輝かせながら辺りを見回していた。
「ねぇ、レッド! あとで絶対いろんな所回ろうね!」
「はいはい、まずは観光祭が終わってからね」
「うん!」
期待に胸を膨らませながら歩く2人。木漏れ日が揺れる並木道を抜けるたび、新しい景色が目の前に広がっていく。左右には、南国風の植物に囲まれたカフェやレストラン。
色鮮やかな花壇には季節の花々が咲き誇り、その香りを乗せた風が穏やかに吹き抜けていく。
石畳の遊歩道には世界各地から訪れた観光客の姿があり、それぞれが思い思いの時間を楽しんでいた。大道芸人の軽快なパフォーマンスや、噴水広場から聞こえてくる陽気な音楽。
そのすべてが、この街をひとつの大きなテーマパークのように彩っている。
「――本当にすごいな」
レッドは思わず足を止め、小さく息を漏らした。これまで写真や映像で見てきた景色とは、まるで違う。画面越しでは伝わらない空気や匂い、街全体を包む賑わいが、今この瞬間、自分の肌で感じられる。
これが世界最大級のリゾート地――カラミティアルランドと呼ばれる理由を、身をもって理解した気がした。
「えっへへ〜!」
するとその隣では、レイラが両手を大きく広げながら歩いていた。楽しさが身体中から溢れ出しているような笑顔で、あちこちへ視線を向けている。
「見て見て! あそこ、おしゃれなお店! こっちはアクセサリー屋さん! わぁ〜、あっちにはジェラート!」
目に映るものすべてが新鮮なのだろう。1つ見つけるたびにレッドの袖を引っ張っては、嬉しそうに指を差す。
「あとで全部行きたい!」
「全部は無理、かな」
「えぇ〜! 4泊5日あるんだから回れるって!」
「いや、最初の2日間は観光祭だからな」
レッドが苦笑しながら答えると、レイラは少しだけ頬を膨らませた。
「むぅ〜……じゃあ終わったら全部!」
「全部は諦めよ?」
「むぅぅぅ⋯⋯」
するとそんなやり取りに、近くを歩いていたクラスメイトたちも笑みを浮かべる。
「相変わらず仲いいな、あの2人」
「兄妹みたい」
「いや、幼なじみだっけ?」
「長い付き合いらしいよ」
小さな噂話が聞こえてくるが、本人たちはまったく気付いていない。
そのまま列は進み続ける。やがて視界が開け、巨大なアーチ状の門が姿を現した。白を基調とした壮麗な造り。蔦のような装飾が絡みつき、その中央には黄金色の文字が刻まれている。
――『カラミティアルランド』と。
門の向こうには、さらに広大な景色が広がっていた。先生が振り返る。
「ここから先が、観光祭のメインエリアになります。皆さん、荷物を置いたあと、それぞれ準備へ入りますので、はぐれないようにしてくださいね」
「はーい!」
元気な返事が重なる。レッドはゆっくりと門を見上げた。
「いよいよか……」
その瞬間だった。2人は同時に大門をくぐる。――視界が、一気に開けた。
「……!」
思わず言葉を失う。眼前には、想像を遥かに超える光景が広がっていた。青く輝く海、風に揺れる広大な森林、近代的な高層ホテルが立ち並ぶ街並み、水上を走る観光船。
遠くには白く輝く砂浜が続き、そのさらに奥には、ゼログランドの無機質な大地が静かに横たわっている。自然と文明。過去と現在。そのすべてが違和感なく1つの世界として共存していた。
レイラは目を輝かせながら、その景色へ1歩踏み出す。
「わぁぁ……! すごい……! ほんとに別世界みたい!」
その無邪気な歓声に、レッドも自然と笑みを浮かべる。
「ああ。これは確かに、一生に一度は来る価値がある場所だよ」
そして――その言葉を合図にするように、学年旅行最初の1日が、静かに幕を開けた。
しかし、その平和な空気とは裏腹に、この街のどこかでは、すでに“ある計画”が静かに動き始めていた。
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