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エレメントクロニクル-Element Chronicle  作者: 水城ゆら
2章【新たなる出会い編】
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第38話「動き出す影」

 男が円卓へ歩み寄るたび、その足音だけが静まり返った会議室に響く。靴音は決して大きくない。それでも、不思議と部屋全体の空気を支配しているような存在感があった。


 柔らかな笑みを浮かべているにもかかわらず、その瞳だけは氷のように冷たい。人を見ているようで、まるで見ていない。

 そんな得体の知れない威圧感が、その男にはあった。



「……残りの人員は?」



 エリックが静かに問いかける。男は空いている席へ腰を下ろしながら、肩を軽くすくめた。



「まだ任務中だってさ」



 どこか他人事のような口調。



「このあと合流するらしいよ」


「そう」



 そして少女は短く答えるだけだった。誰も遅刻を責める者はいない。それぞれが別々の任務を抱えている以上、この組織では珍しいことではなかった。


 男は円卓の中央へ視線を向ける。次の瞬間、机の中心部から淡い青白い光が広がった。立体映像。空中へ浮かび上がったのは、1枚の世界地図だった。世界各地には赤や青の光点がいくつも点滅している。


 その1つがゆっくりと拡大される。映し出されたのは――カラミティアルランド。美しい海岸線を持つ巨大な観光都市でありリゾート地。

 その中心部から少し離れた場所には、灰色に染まった広大な土地が広がっていた。それは、ゼログランド。男は顎へ手を当て、小さく笑う。



「やっぱり面白い場所だ」



 その声には、純粋な興味と危うい愉悦が混ざっていた。少女は腕を組む。



「観光祭には世界中から人が集まる。しかも高校生主体のイベント。一般客も自由に出入りできる。警備は通常より厚いでしょうけど……」



 すると彼女はそこで言葉を切る。



「人が多ければ多いほど、混乱は広がるしね」



 エリックが静かに続けた。



「標的を見失わせるには十分な環境だ」



 そして男は満足そうに微笑む。



「その通り」



 そう言うと、映像が切り替わった。そこに映し出されたのは、1人の少年。制服姿で歩くレッドの姿だった。少し離れた位置にはレイラの姿も映っている。


 さらに画面には複数の顔写真が並ぶ。それぞれの名前や年齢、所属クラスまで細かく記されていた。男はその中からレッドの写真だけを拡大する。



「この少年。〔第5代〕エレメンター」



 円卓に静寂が落ちる。誰も口を挟まず、男は画面越しにレッドを見つめながら続けた。



「情報はまだ少ない。能力も未知数。だが……だからこそ面白い」



 ゆっくりと笑みを深める。その笑顔には狂気すら感じられた。まるで新しい玩具を見つけた子どものような、純粋すぎる興味。

 しかし、その興味の先に待つものは破滅しかない。エリックは腕を組んだまま尋ねる。



「戦力評価は?」


「現時点では脅威度は高くないでしょうね」



 女性が即座に答える。



「経験不足。仲間との連携もまだ未熟。戦闘記録も極端に少ない。」



 すると、男は頷きながら呟いた。映像に映るレッドの顔を指先で軽くなぞる。



「つまり――今のうちなら、一捻りできる」



 その一言が会議室の空気を凍らせる。少女もエリックも表情1つ変えない。まるで当然の結論だと言わんばかりに。

 男はゆっくりと立ち上がる。世界地図が再び空中へ広がり、その中央にはカラミティアルランドとゼログランドが赤く点滅していた。

 やがて男は両手を円卓へ添え、静かに口を開く。



「さて」



 穏やかな声。しかし、その響きには圧倒的な威圧感が宿っている。



「そろそろ――始めようか」



 その言葉とともに、部屋の照明がわずかに暗くなった。まるで、この組織そのものが動き出すことを告げるかのように。


 その一言が、これほどまでに重く感じられる空間はそう多くない。男の「始めようか」という一言を合図にしたかのように、会議室の照明がゆっくりと落ちていく。

 白い光は次第に青白い輝きへと変わり、円卓の中央に埋め込まれた投影装置が低い駆動音を響かせた。


 ――ウゥン……。


 空気が震える。次の瞬間、再び巨大な立体映像が部屋いっぱいへ展開された。映し出されたのはまたも世界地図。

 無数の光点が各地で明滅し、その一つひとつに暗号のような識別番号が振られている。


 その中でも一際大きく赤く点滅している地点。――カラミティアルランド。

 そして、その隣に広がる灰色の大地――ゼログランド。


 男はゆっくりと円卓の周囲を歩きながら、その光景を見渡した。



「人は賑わいを好む」



 穏やかな声だった。しかし、その声には人の心を冷たく凍らせるような響きが宿っている。



「祭りがあれば集まり、希望があれば笑い、平和だと信じれば、警戒を解く」



 彼はそこで立ち止まり、赤く輝くカラミティアルランドへ視線を向けた。



「だからこそ――」



 すると立体映像が切り替わる。そこへ映し出されたのは、旅行のパンフレット。『高校生観光祭』という文字が大きく映し出され、その下には各学校の参加情報が並ぶ。

 さらに映像が拡大され、1校の紹介ページが表示された。


 制服姿の生徒たち。笑顔で肩を並べる集合写真。そして、その中心に立つ1人の少年、レッド。男はその写真へ指を向けた。



「標的は、ここにいる。」



 その瞬間。写真の周囲へ次々とデータが展開されていく。


 氏名。

 年齢。

 所属。

 確認済み能力。

 交友関係。


 さらにはレイラをはじめとするクラスメイトたちの情報まで表示されていた。すると少女が静かに報告する。



「監視はすでに開始しています」



 そしてエリックもそれに続けて言った。



「逃走経路も複数確保済み。万が一、エレメンター以外が介入しても対応可能」



 すると男は満足そうに頷いた。



「いい。実にいい」



 穏やかな笑み。その笑顔が、かえって底知れない恐ろしさを際立たせる。やがて彼は円卓の正面へ立ち、部屋全体を見渡した。



「2人とも」



 その一言だけで、空気が張り詰める。



「水面下で進めてきた計画も、いよいよ次の段階へ入る」



 世界地図がゆっくりと回転する。赤い光点が各地で脈打つように明滅し、まるで世界そのものが鼓動しているようだった。



「我々が待ち続けた機会は、もう目の前だ。」



 男は両腕をゆっくりと広げる。その姿は、舞台の幕開けを告げる指揮者にも見えた。



「――覚えておくといい。この世界は、変革を恐れる。ならば、我々が変えてやればいい」



 低く、それでいてはっきりとした声が響く。そして男は、不敵な笑みを浮かべたまま、高らかに告げた。



「我々――」



 部屋の壁一面に埋め込まれたモニターが一斉に起動する。そこへ映し出されたのは、組織の紋章。漆黒の円環を貫く、異様な模様。

 その中心には、禍々しく輝く紅い結晶が刻まれていた。



「 【ゼノカディア - XenoCadia - 】 の手にかかれば――」



 その名が告げられた瞬間、部屋中のモニターに同じ文字が映し出される。まるで世界へ、その存在を宣言するかのように。

 男はレッドの写真を見据え、ゆっくりと口角を吊り上げた。



「 〔第5代〕エレメンターなど、恐れるに足りない」



 静かな笑い声が会議室へ溶けていく。その笑みは、獲物を見つけた捕食者そのものだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その頃。レッドたちはまだ知らない。来週に控えた学年旅行を、ただの学校行事だと思っていた。仲間と笑い、観光祭を楽しみ、思い出を作る――。

 誰もが、そんな五日間になると信じて疑わなかった。


 だが、その旅路の裏では、すでに別の計画が動き始めていた。ゼログランド。カラミティアルランド。そして、〔第5代〕エレメンター。

 すべては1本の線となり、静かに交わろうとしている。


 ――学年旅行。


 それは、生徒たちにとっては一生に一度の思い出を刻む5日間。しかし、ある者たちにとっては――狩りを始める5日間でもあった。

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