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エレメントクロニクル-Element Chronicle  作者: 水城ゆら
1章【新命の始まり編】
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第23話「死線を駆ける者」

 静寂だった。先ほどまで激しくぶつかり合っていた力の余韻だけが廊下に残り、崩れた壁から舞い上がる白い粉塵がゆっくりと空気を漂っている。


 耳を澄ませば聞こえるのは、自分たちの荒い呼吸だけ。先ほどまでその場に立っていたエリックの姿は、もうどこにもなかった。まるで最初から存在していなかったかのように。

 しかし、彼が残した言葉だけは、レッドの胸に重く沈んでいる。


「――この学校の生徒たちの魂は、今も少しずつ回収され続けている。」


 その一言は、剣よりも鋭く心を抉った。レッドは奥歯を噛み締める。神剣の柄を握る手には自然と力が入り、白くなるほどだった。



「……絶対に、止める」



 小さく漏れたその声は、自分自身へ向けた誓いだった。レイラはそんなレッドを横目で見つめる。怒りに燃える横顔。それでも、その瞳の奥には迷いはなかった。

 レイラは小さく息を吸い込み、そっと隣へ並ぶ。



「――行こう」


「ああ」



 短い返事。それだけで十分だった。互いに何を考えているのか、今は言葉にしなくても分かる。

 もう逃げない。この異変を終わらせる。そのために、目の前の敵を倒す。2人の決意が静かに重なった。


 そして重く、鈍い音が廊下へ響く。狂戦士がゆっくりと大剣を持ち上げた。刃が床を擦り、火花が散る。その姿はまるで墓標のように動かない。

 ただそこに立っているだけなのに、空気そのものが重く沈み込んでいく。赤黒い双眸が、ゆっくりとレッドとレイラを捉えた。



「……主は去られた。ならば……ここからは我が役目」



 低く響く声。一言発するだけで、空気が震える。クロウは大剣を肩へ担ぎ、2人を見据える。



「貴様らの命を刈り取り、我が使命を完遂する」



 その言葉に迷いはない。命令だからではない。それが己の存在理由であると信じ切っている者の声だった。

 レイラは無意識に神斧を握り直す。手のひらが汗で湿っている。恐怖は消えていない。それでも、その足はもう震えなかった。



「……来るよ」



 そう小さく呟く。レッドは神剣を構え、静かに頷いた。その瞬間だった。狂戦士の姿が消える。



「――っ!」



 レッドの背筋を悪寒が駆け抜けた。速い。いや、速すぎる。目で追えない。



「右だ!」



 フレイの鋭い声が飛ぶ。ほぼ反射的にレッドは神剣を振り上げた。


 ガギィィンッ!!


 凄まじい衝撃。腕の骨が軋み、全身が大きく後ろへ押し込まれる。



「ぐっ……!」



 神剣と大剣が激しく火花を散らす。このままでは押し負ける。そう悟った瞬間、レイラが地面を蹴った。



「レッドから離れて!」



 神斧が水色の軌跡を描きながら、斧刃がクロウの脇腹を狙って振り抜かれる。だが――狂戦士は片手だけでレッドを押さえ込みながら、もう一方の腕で大剣を軽く払った。

 そして再び金属音が響く。レイラの一撃は受け流され、そのまま体勢を崩される。



「しまっ――」



 追撃が来る、そう思った瞬間。狂戦士は動かなかった。静かに2人を見下ろし、兜の奥で低く笑う。



「……悪くない。先ほどよりも連携が洗練されている」



 その一言に、レッドは目を見開く。まるで弟子の成長を確かめる剣士のような口調だった。



「互いを信じ、互いの隙を埋める。短時間でここまで成長するとは……」



 狂戦士はゆっくりと大剣を構え直し、赤黒い瞳が静かに細められる。



「実に興味深い」



 その言葉は称賛。しかし同時に、それは狩人が獲物の価値を認めたという宣告でもあった。レッドは息を整えながら神剣を握り直す。



(今の一撃……)



 もしフレイの声が少しでも遅れていたら。もしレイラの援護が間に合わなかったら。考えるだけで背筋が冷える。それほどまでに、狂戦士の実力は圧倒的だった。

 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。レッドはレイラへ視線を向ける。レイラもまた、小さく頷いた。互いに視線を交わした、その一瞬。


 言葉を交わさなくても、2人の意思は確かに重なっていた。レッドは神剣を握り直し、ゆっくりと重心を落とす。レイラもまた、神斧を静かに構えた。


 呼吸を合わせ、鼓動を合わせる。そして――



「行くよ、レッド!」


「ああ!」



 2人は同時に床を蹴った。乾いた破片が宙を舞い、風を切る音が一直線に狂戦士へ迫る。先行したのはレッドだった。

 神剣を横一文字に振り抜き、炎をまとわせた斬撃を放つ。鋭く唸る紅蓮の刃は一直線にクロウの胴を狙う。しかし、狂戦士は身じろぎ1つしない。


 大剣を軽く持ち上げただけで、その一撃を受け止めた。甲高い金属音が校舎中へ響き渡る。だが、それは最初から予定通りだった。



「今!」



 レッドの声と同時に、レイラが大きく跳躍する。狂戦士の頭上。死角となる位置からアクレシアを振り下ろした。

 冷気が渦を巻き、床一面に白い霜が広がっていく。そして神斧の刃が青白く輝く。



「スキル――!【氷爆零覇(ひょうばくれいは)】 」



 刹那。無数の氷柱が狂戦士を中心に爆ぜるように出現した。透明な結晶が一斉に敵へと襲いかかり、その身を包み込んでいく。

 足元から腕へ、肩へ。そして胸元まで。凍てつく冷気が鎧の隙間へ入り込み、金属そのものを凍結させる。

 瞬く間に、巨大な氷像が廊下の中央に姿を現した。レイラは息を呑む。



「……やった?」



 確かな手応えだった。今までで1番綺麗に決まった。狂戦士の動きも完全に止まっている。そう思った、その時。


 ピシッ――。


 小さな音が響く。1本、また1本。氷の表面に細かな亀裂が走っていく。



「えっ……?」



 次の瞬間だった。


 バキィンッ!!


 轟音とともに氷塊が四方へ弾け飛ぶ。細かな氷片が吹雪のように舞い散り、廊下中へ降り注いだ。

 その中心から現れたクロウは、先ほどと変わらぬ姿でそこに立っていた。鎧には薄く霜が残るだけ。致命傷どころか、大きな損傷すら見当たらない。



「……見事だ。その氷は、確かに我が動きを封じた」



 低く響く声。クロウはゆっくりとレイラへ視線を向ける。そして、静かに頷く。



「水氷のエレメントとやらの適性も申し分ない」



 その口調は、敵を称える騎士そのものだった。しかし、その次に続いた言葉は、2人の背筋を凍らせる。狂戦士は、大剣をゆっくりと持ち上げた。



「……だからこそ。斬る価値がある。」


「――っ。いや、迷うな!」



 レッドが叫ぶ。その声に応えるように、神剣へ炎が宿る。レイラも素早く距離を取り直し、狂戦士を挟み込む位置へ移動する。

 右と左。二方向から同時に仕掛ける。狂戦士がどちらへ対応しても、もう片方が攻撃できる。レッドは真正面から踏み込んだ。



「 『炎神乱舞(レオ・フレア)』捌ノ乱――」



 炎をまとった連続斬撃でレッドは狂戦士へと近づいていく。一撃。二撃。三撃。絶え間なく繰り出される剣閃が火花を散らす。狂戦士もまた、それに応じるように大剣を振るう。


 重い。あまりにも重い。一撃受け止めるたびに腕が痺れ、足元の床へ靴がめり込む。だが、その後に生まれた僅かな隙を、レッドは見逃さなかった。



「 【紅蓮に咲くは焔冠の華ディヴァイン・オブ・インフェルノ】 」



 紅蓮の大地に華が咲くような一閃が、狂戦士を貫く。そして、放ったレッドの一撃は、辺りに氷があることをものにせず、新たにその上に宿した具現していた。



「⋯⋯なっ⋯⋯」



 やがて、狂戦士の胸から腰にかけての深い傷を与えることができた。だが、狂戦士はその傷をものともせず、再び大剣を構え直した。



(なんだと……!)



 そう思った瞬間。



「レッド!」



 レイラが横から飛び込んだ。神斧が水流をまとい、狂戦士の背中を薙ぎ払う。すると彼はは半歩だけ体を捻る。

 その動きだけで致命傷を避けると、レイラへと肘打ちを放った。



「きゃっ!」



 レイラの体が吹き飛ぶ。壁へ激突する寸前、床へ着地して衝撃を逃がす。



「大丈夫か!」


「うん……まだ!」



 呼吸は乱れている。腕も痺れている。それでも瞳から闘志は消えない。その様子を見つめながら、狂戦士は静かに目を閉じた。



「……いやはや、これは面白い」



 大剣を肩へ担ぎ直し、ポツリと呟く。その声には誇りも自慢もない。ただ、事実を語るだけ。そして赤黒い双眸が2人を映す。

 レッドは神剣を構え直し、レイラも静かに隣へ並ぶ。



「⋯⋯実に良いではないか」



 クロウはゆっくりと頷いた。口元がわずかに歪む。それは笑みだった。戦いを愉しむ者だけが浮かべる、静かな笑み。



「――興が乗った」



 その一言と同時に。空気が変わった。肌を刺すような殺気が校舎全体へ広がっていく。壁が軋み、窓ガラスが震える。

 天井の照明が明滅し、不気味な影が揺れた。レイラは思わず息を止める。



(違う……)



 さっきまでとはまるで違う。今までのクロウは、本気ではなかった。その事実を、本能が理解してしまった。

 レッドも額へ汗を流しながら神剣を握り締める。炎が揺れる。まるで恐怖を映すように。狂戦士はゆっくりと大剣を正面へ構えた。



「ならば、この一撃を以て――」



 静かに告げる。そして一歩を踏み出す。その足音だけで床に亀裂が走る。



「貴様らとの、決別の儀としよう」



 大剣へ禍々しい黒い瘴気が集まり始めた。まるで闇そのものが刃へ吸い寄せられていくようだった。

 レッドの背筋を、今まで感じたことのない悪寒が駆け抜ける。



(まずい……。)



 心臓が激しく脈打つ。体が本能的に警鐘を鳴らしていた。――あの技だけは受けてはいけない。

 しかし、その異様な圧力の前に、足はまるで地面へ縫い付けられたように動かなかった。

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