第22話「怒涛の衝突」
――許せない。
その一言だけが、レッドの頭の中を埋め尽くしていた。神剣を握る手に、じわりと力がこもる。
柄が軋むほど強く握り締めても、胸の奥で渦巻く怒りは収まらない。倒れたまま眠り続ける生徒たち。恐怖に震えながら戦ったレイラ。
自分たちを信じて支えてくれたフレイとミズリー。すべてを踏みにじるように、この男は笑っている。その笑顔が、たまらなく癪に障った。
「……もう十分だ」
レッドは低く呟く。その声には先ほどまでの焦りはない。
あるのは、静かに燃え続ける怒りだけだった。エリックは興味深そうに首を傾げる。
「ん?」
「お前の考えなんて聞きたくもない」
一歩、前へ踏み出す。
「命を資源だなんて言う奴を……ここで見逃すわけにはいかない!」
言葉と同時に、神剣から炎が噴き上がった。赤く、熱く、まるでレッドの感情そのものを映し出すような炎。熱風が吹き抜け、廊下の空気が揺らめく。
レイラはその背中を見つめ、小さく息を呑んだ。
(レッド……)
怒っている。今まで見たことがないほどに。だが、その怒りは決して我を失ったものではない。
守りたいという想いが、怒りへと姿を変えている。だからこそ、その炎は強く、美しかった。
レッドは神剣を正眼に構え、ゆっくりと息を吸い込む。燃えゆく炎が1つの流れとなって神剣へ集束していく。刀身が赤く染まり、周囲の空気が熱を帯び始めた。
「スキル――!」
床を蹴る。爆ぜるような加速。一瞬でエリックとの距離を詰める。
神剣を突き出したその軌跡に、灼熱の炎が奔流となって迸る。
「 【焔穿爆龍破】 」
炎は龍の姿を象り、咆哮するかのように廊下を駆け抜けた。床を焦がし、壁を赤く照らしながら一直線にエリックへ迫る。常人なら反応すらできない速度。狂戦士をも追い詰めた渾身の一撃。
だが――エリックは避けようとしなかった。いや、避ける必要すら感じていないようだった。
「……綺麗だね」
穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに呟く。
「炎の扱いも、まだ粗削りだけど悪くない」
その言葉には嘲笑も侮辱もない。純粋な感想。だからこそ、レッドの胸の怒りをさらに煽った。
エリックはゆっくりと魔導書を開く。ページがひとりでにめくれ、淡い金色の文字が宙へ浮かび上がった。
複雑な紋様が光を放ち、幾重もの魔法陣が彼の足元へ展開される。それはエレメントとはまったく異なる体系の力だった。
「詠唱――」
そして、静かな詠唱が始まる。
「幾千、幾万と咲き誇り、すべての侵攻を閉ざせ――」
魔法陣が回転する。花弁を思わせる光が幾重にも重なり合い、やがて1つの円環を描いていく。
そして、最後の一節が静かに響く。
「――【六花蓋円環】 」
澄み切った鐘の音にも似た音色が鳴り響く。
キィィィン――。
炎の龍が、透明な結界へ激突した。激しい爆炎。轟音。衝撃波が廊下を駆け抜け、窓ガラスが細かく震える。
しかし、それだけだった。結界は一切揺るがない。薄く、儚げな花びらほどの膜。それにもかかわらず、レッドの全力を真正面から受け止めていた。
「……そんな」
レイラが思わず声を漏らす。神斧を握る手に汗が滲む。今の一撃は、普通に防御できるような威力ではなかった。
それを、この男は微動だにせず受け止めた。やがて炎が晴れ、そこに立つエリックの姿は、戦う前と何一つ変わっていなかった。
服には焦げ跡1つない。髪も乱れていない。まるで春風でも受けたかのように穏やかな表情を浮かべている。
「……やっぱり、君は面白いね」
エリックは小さく微笑む。その一言が、レッドには何よりも屈辱だった。
エリックは魔導書を閉じる。ぱたり、と乾いた音が静寂へ溶けた。そして穏やかな口調のまま続ける。
「悪いけど。今日は君たちと遊んでいる時間はない」
くるりと背を向ける。その姿には一切の隙がない。背中を見せているはずなのに、攻撃できる気がしなかった。
「クロウ」
静かにその名を呼ぶ。狂戦士は重々しく剣を構え直した。
「……御意」
低い声が校舎へ響く。
「彼らの相手をお願い」
「承知」
それだけで十分だった。クロウこと、狂戦士は主人の前へ一歩進み出る。
巨大な体がレッドたちの視界を塞ぎ、圧倒的な威圧感が押し寄せる。
「⋯⋯待て!」
そしてレッドが叫ぶ。するとエリックは足を止めた。
「何?」
「逃げるつもりか!」
「逃げる?」
その言葉に、エリックは肩を震わせて小さく笑った。そして振り返ることなく答える。
「違うよ。仕事へ戻るだけさ」
その声には最後まで余裕しかなかった。数歩歩いたところで、ふと思い出したように立ち止まる。
すると肩越しに振り返り、レッドたちを見据えた。
「ああ、そうだ。1つだけ教えてあげる」
人差し指をゆっくりと狂戦士へ向ける。
「この異変を終わらせたければ、彼を倒せばいい」
レッドの視線が狂戦士へ向く。
「獄闇の狂戦士――クロウ・バーサーカー」
エリックは静かに、その名を告げる。
「それが、彼の名だ。そして彼が、この異変を支える核だ。もっとも……倒せるなら、だけど」
一拍置き、口元をわずかに緩めた。挑発とも忠告とも取れる声音。そして最後に、さらりと言い放つ。
「ちなみに、この学校のみんなの魂は、今も少しずつ回収され続けている」
「……え?」
「時間は、君たちが思っているほど残されていない。」
レイラの表情が凍りつく。それだけ言い残すと、エリックは闇の中へ歩き出した。その姿は黒い霧へ溶け込むように薄れ、やがて完全に見えなくなる。そして、静寂だけが残った。
残されたのは、3人。神剣を握るレッド。神斧を構えるレイラ。そして、二人の前へ立ちはだかる獄闇の狂戦士。
狂戦士はゆっくりと大剣を肩へ担ぎ、その奥に宿る紅い双眸で二人を見据える。
「……続きと参ろう」
低く響く声が、戦場の静寂を切り裂いた。レッドは神剣を握り直し、小さく息を吐く。もう迷いはない。ここで倒さなければ、守れない命がある。
レイラもまた、隣へ並ぶ。恐怖は消えていない。それでも、その瞳は真っ直ぐ前だけを見据えていた。
「行こう、レッド」
「ああ」
2人は同時に武器を構える。その先に待つのは、これまでで最も過酷な戦い。
だが、立ち止まる理由は、もうどこにもなかった――。




