第14話「笑顔でいられるために」
今回はレイラちゃんの大活躍です!
そして作者が書きたかったのあっていつもよりちょこ〜っと凝っております。
ぜひ、そんな作者を暖かく見守ってあげてください⋯⋯!
「⋯⋯恐怖を超えるんだ」
その言葉は、誰かに聞かせるためのものではなかった。震える心を奮い立たせるための、自分自身への誓い。
レイラはぎゅっと拳を握り締めた。爪が掌へ食い込む感覚が伝わる。痛みは確かにあった。だが、その痛みが逆に現実を教えてくれる。
今、自分はここにいる。逃げていない。立ち向かおうとしている。目の前には、無数の竜牙兵。骨と鎧が不自然に組み合わさった異形の兵士たちが、低く唸りながらこちらを見据えている。空洞の眼窩。欠けた牙。錆び付いた武器。
その姿は見る者に本能的な嫌悪感と恐怖を抱かせるには十分だった。
実際、ほんの少し前までのレイラなら、その場から動くことすらできなかったかもしれない。恐怖に身体を支配され、思考が真っ白になっていたはずだ。
だが、レイラは一歩前へ踏み出した。乾いた足音が広い空間へ響く。
「みんなが⋯⋯」
自然と言葉が漏れる。そして脳裏に浮かんだのは仲間たちの顔だった。共に過ごした仲間。笑い合った時間。くだらない会話。喧嘩したこともあった。
けれど、それも含めて大切な思い出だった。失いたくない。もう二度と。
――“あんな”思いはしたくない。大切な誰かを失う苦しみを、もう味わいたくない。そして、胸の奥から込み上げる感情が、震える声を押し上げた。
「笑顔でいられるためにっ⋯⋯!!」
叫びが戦場へ響く。その瞬間だった。レイラの瞳から迷いが消えた。恐怖がなくなったわけではない。今も胸は苦しい。心臓だって速く鼓動している。
それでも、前を向くことを選んだ。恐怖から逃げるのではなく、その先へ進むことを選んだのだ。
「Guuu⋯⋯Lrrrrrrruu⋯⋯ah⋯⋯!」
竜牙兵たちが一斉に唸り声を上げる。骨が擦れ合う不快な音が辺りに響き渡った。だが、レイラは視線を逸らさない。真っ直ぐに敵を見据える。
その背中を、少し離れた場所からミズリーが静かに見守っていた。彼女は何も言わない。ただ、レイラの姿を見つめていた。そして、小さく微笑む。
(⋯⋯大丈夫)
心の中で呟く。レイラがどれほど苦しみ、どれほど悩みながらここまで来たのかを知っている。何度も立ち止まりそうになりながら、それでも歩き続けてきたことを知っている。
だから分かる。今の彼女は大丈夫だ。
(あの目なら、きっとやれるわ)
そこにあるのは期待ではない。確信だった。
一方、レイラはゆっくりと呼吸を整えていた。大きく息を吸う。そして静かに吐く。焦らない。慌てない。恐怖に飲み込まれない。そう、自分に言い聞かせる。
「落ち着いて⋯⋯冷静に。敵の動きをよく見て⋯⋯」
視線を巡らせる。敵の数は多い。レッドが相手した時よりも多いかもしれない。
前方だけではない。左右にも。奥にも。無数の竜牙兵が立ち並んでいる。普通なら絶望してもおかしくない状況だ。だが、不思議と心は落ち着いていた。
「大丈夫⋯⋯」
胸に手を当てる。鼓動が聞こえる。
「大丈夫⋯⋯」
その鼓動は恐怖のものではない。覚悟の鼓動だ。胸の奥で、水氷のエレメントが静かに脈打っている。まるで心臓と共鳴するように。その力は温かく、そして力強かった。
レイラはゆっくりと神斧を構える。水氷の神斧――『氷下に抱く天水の夢』。神々しい蒼光が刃から溢れ出す。空気が震える。水のエレメントが周囲へ満ちていく。
「一度じゃ無理でも⋯⋯」
足を開き、腰を落とす。重心を安定させる。
「これなら⋯⋯いける」
その瞬間だった。竜牙兵たちが一斉に動き出す。
「GRAAAAAAA!!」
咆哮。振り下ろされる剣。突き出される槍。迫る刃の群れ。だがレイラは動じない。敵の動きが見えている。どこから攻撃が来るのか。どこへ避けるべきなのか。冷静に理解できていた。
レイラは神斧を握り締める。そして、水のエレメントが一気に解放される。蒼い光が爆発的に広がった。
「スキル発動――」
周囲の空気が震え、足元に水流が生まれる。まるで川が流れ始めるかのように。
そして――。
「 【水断蒼刃流】 」
レイラの姿が掻き消えた。否、速すぎて見えなくなったのだ。
右へ、左へ、上へ、下へ。流れる水のように。止まることのない奔流のように。レイラの身体が戦場を駆け巡る。神斧が振るわれる度、圧縮された水が鋭利な刃へ変わる。
蒼い軌跡が幾重にも重なり、空間へ美しい流線を描き出した。その光景は幻想的だった。しかし、その美しさは敵にとって死そのものだった。
次の瞬間、無数の斬撃が竜牙兵たちを襲う。
骨が砕ける音。鎧が裂ける音。悲鳴のような咆哮。それらが一斉に重なり合った。
「GAAAAAAAAA!!」
竜牙兵たちの身体へ無数の亀裂が走る。そして――砕けた。骨片が宙を舞う。鎧が吹き飛ぶ。敵集団の一角が、一瞬にして崩壊した。
ほんの数秒。それだけだった。だが、その数秒で戦況は大きく変わる。既に竜牙兵の3割近くが消滅していた。
レイラは静かに着地する。蒼い水流が消えていく。周囲には砕けた骨の残骸が散乱していた。レイラはそれを見渡し、小さく息を吐く。
「⋯⋯結構大振りしたつもりだったけど――」
思わず呟く。自分でも予想以上の威力だった。エレメントと神斧の力。そして自分自身の成長。その両方を実感する。
「ここまでとはね」
しかし、まだ終わりではない。残った竜牙兵たちはなおも立ち上がり、こちらへ向かってくる。骨を軋ませ、武器を握り締めながら。まるで止まることを知らない亡者の軍勢のように。
レイラは再び神斧を構えた。その瞳には、もう怯えの色はない。あるのは静かな覚悟だけだった。恐怖を超えた先で、彼女は確かに前へ進み始めていた。
だが、戦いはまだ終わらない。砕け散った仲間たちの残骸を踏み越えるように、残された竜牙兵たちが再び前進を始める。
骨と骨が擦れ合う不快な音。鎧が軋む音。それらが重なり合い、不気味な行進曲のように戦場へ響き渡る。
「Grrrrrrrrr……!」
「Lraaaaaaa……!!」
敵の数は確実に減った。しかし、それでもまだ多い。1体1体の戦闘力は決して高くない。だが数が揃えば話は別だ。包囲されれば厄介になる。
レイラは敵の動きを観察しながら静かに息を吐いた。焦る必要はない。恐れる必要もない。今の自分ならやれる。――そう思えた。
自然に握る手に力が入る。すると神斧から淡い蒼光が溢れ出した。まるで応えるように、励ますように。その光はレイラの身体を優しく包み込む。
「――行くよ」
静かな声。だが、その瞳には確かな意志が宿っていた。次の瞬間、敵の群れが一斉に襲いかかる。様々な武器が、レイラへ向かって振り下ろされた。
しかし、レイラは動かない。正確には、動く必要がなかった。彼女は静かに神斧を横へ払う。
すると周囲の空気が一変した。温度が急激に低下していく。吐く息が白く染まる。床には薄い霜が広がり始めていた。
「スキル発動――」
蒼い光が弾ける。無数の氷の粒子が宙へ舞い上がった。
「 【氷華散舞】 」
その瞬間だった。まるで花畑が咲き誇るように、無数の氷花が空間へ広がった。
青白く輝く花弁。雪の結晶のように繊細な氷。幻想的な光景。思わず見惚れてしまうほど美しい景色だった。
しかし、その美しさは死を伴う。舞い散る花弁が竜牙兵へ触れた瞬間――。凍結が始まった。
「Lrrr……!?」
腕が凍る。脚が凍る。身体が凍る。骨の隙間まで冷気が入り込み、竜牙兵たちの動きを奪っていく。そして次々と凍り付く敵たち。
氷像となった彼らは、その場で動きを止めた。だが――
「Guuuaaaaaa!!」
数体の竜牙兵が力任せに氷を砕いた。全身を覆う氷が砕け散る。想定よりも耐久力が高い。レイラは小さく眉をひそめた。
「⋯⋯まだ残ってる」
けれど焦りはない。敵が生き残る可能性も考えていた。むしろここからが本命だった。レイラは静かにしゃがみ込む。そして床へ手を触れた。
ひんやりとした石床。そこへ水と氷のエレメントを流し込み、地面の下を冷気が駆け抜ける。まるで血管を流れる血液のように。静かに、そして確実に。
「――終わらせる」
その声と共に。地面が砕けた。
「 【氷牙連鎖】 」
轟音と共に無数の氷鎖が飛び出す。鋭い牙を持つ氷の鎖。まるで生き物のようにうねりながら敵へ襲いかかった。
「GRAAAA!?」
1体を拘束。さらに2体。そして3体。氷鎖は次々と敵へ絡み付いていく。
それだけでは終わらない。拘束された敵から冷気が伝播する。その冷気は雪崩のような勢いで敵集団全体へ広がっていった。
竜牙兵たちは抵抗する。暴れ、武器を振るう。だがそれも遅い。凍結の方が早かった。骨の1本1本が白く染まる。身体全体が氷に覆われる。
そして、氷像となった竜牙兵たちが次々と粉砕され、やがて静寂が訪れる。辺りには氷の欠片だけが残されていた。
レイラはゆっくりと立ち上がる。呼吸は乱れていない。体力にもまだ余裕がある。以前の自分なら考えられないことだった。それだけ成長したのだ。恐怖はない。焦りもない。ただ前を向いている。
その姿を見て、ミズリーは僅かに微笑んだ。
(⋯⋯本当に、強くなったわね)
少し前までなら考えられなかった。恐怖に飲まれ、自分を責め続けていた少女。現実から逃げようとしていた少女。
だが今は違う。彼女は自分の足で立っている。自分の意志で前へ進んでいる。それが何より嬉しかった。
一方、レイラは神斧を握り直す。まだ終わらない。視線を向けた先、そこにはなおも立ち続ける竜牙兵たちの姿があった。ただ、この戦いを終わらせるなら、今しかない。
「もう、終わりにしよう」
静かな宣言。その声に迷いはなかった。レイラは神斧を高く掲げる。蒼い光がさらに強く輝いた。水のエレメント。氷のエレメント。それらが神斧へ集まっていく。必殺の一撃を放つために。
しかし、その瞬間だった。胸の奥に鋭い痛みが走る。
「っ……!?」
息が詰まった。心臓を掴まれたような感覚。視界が大きく揺れる。身体が一瞬だけ硬直する。何が起きたのか理解できない。
だが次の瞬間、脳裏へ大量の映像が流れ込んできた。忘れられるはずのない景色。心の奥底へ封じ込めていた記憶。冷たい雪。灰色の空。走る自分。
そして――血の気が引いた。胸が締め付けられる。呼吸が苦しい。目の前の戦場が遠ざかっていく。代わりに広がるのは、“あの日”の光景だった。レイラの意識はゆっくりと過去へ沈んでいく。
決して忘れることのできない、3年前の冬の日へ――。




