第11話「神剣の継承」
神剣――『神託す冠華の灼焔』を構えた瞬間。レッドは、自分の中で何かが変わったことを感じていた。
手に伝わる重み。腕に伝わる振動。胸の奥で燃え続ける炎。どれも初めて味わう感覚だった。それなのに不思議と違和感がない。まるで最初からこの剣を握ることが決まっていたかのように。
神剣は静かに、しかし確かにレッドへ応えていた。
「……」
握りしめた柄に力が入る。目の前には竜牙兵。その数は3体。骨で構成された異形の怪物。紫色の瞳が妖しく揺れている。
その姿を見ただけで普通の人間なら足が竦むだろう。だが、レッドは逃げなかった。いや、逃げられなかった。
背後には眠ったままの生徒たちがいる。先生たちがいる。レイラもいる。守らなければならない。その思いだけが彼を立たせていた。
「……これで、いいのか?」
レッドは視線を敵から外さないまま尋ねる。フレイは静かに頷いた。
「そうだ」
その口元に小さな笑みが浮かぶ。
「まずはやってみろ。エレメンターとしての血が騒ぐかもしれないぞ?」
「血が騒ぐって……」
そんな大げさな。そう言おうとして、レッドは言葉を止めた。
確かに感じる。身体の奥。心臓の鼓動に合わせて脈打つ熱。今まで知らなかった力。それが確かに存在していた。炎が燃えている。身体の中で。魂の中で。
まるで目覚めの時を待っていたかのように。
「……」
レッドはゆっくり息を吸う。そして吐いた。恐怖はまだある。だが不思議と震えは止まっていた。フレイが隣にいるからか。それとも神剣のおかげなのか。
理由は分からない。ただ1つだけ確かなことがあった。今、自分は戦える。そう思えた。
「今のお前はまだランク〈F〉だが、大丈夫だ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものだ」
妙に自信満々だった。レッドは思わず苦笑する。この神獣、本当に適当だな。
だが、だからこそ少し安心する。
「――君たちならきっと辿り着ける」
すると、フレイは続ける。
「かつて、あの子がいた場所まで」
「……あの子?」
「⋯⋯あぁ、今は気にするな」
フレイはそれ以上語らなかった。レッドも深くは聞かない。今は目の前のことをどうにかするのが先だ。
「……よし」
拳を握る。覚悟を決める。逃げない。目を逸らさない。守るために。前へ進むために。
「準備はできたな?」
フレイがそう問いかけると、レッドは頷いた。
「ならば――思うままにやってみろ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
竜牙兵が咆哮した。
「GRAAAAAAAAAAAAA!!」
地面が揺れる。校庭の砂が舞い上がる。同時に3体が動き出した。一直線、迷いなく。ただ、獲物を仕留めるために。
「来る……!」
レッドの心臓が跳ねる。速い。見た目以上に速かった。巨体が信じられない速度で迫ってくる。だがその瞬間、世界がゆっくりになった。
「……え?」
風の流れが見える。砂の動きが見える。敵の重心が見える。自分の身体が理解している。どう動けばいいかを。頭で考える前に、身体が答えを知っていた。
そして、レッドは地面を蹴ると、爆発音にも似た衝撃が響いた。
「なっ――!?」
景色が流れる。速い。自分でも信じられないほど速い。まるで風そのものになったような感覚だった。
やがて、1体目の懐へ潜り込み、竜牙兵が反応する。腕を振り下ろす。だが遅い。レッドは既にその場所にいなかった。
「すごい……!」
思わず声が漏れる。身体が軽い。スキルスーツ。エレメント。『神託す冠華の灼焔』。その全てが自分を支えている。戦えている。
「だったら……!」
レッドは神剣を握り直す。そして炎が集まり、刀身が輝く。まるで太陽の欠片を宿したかのように。やがて熱が高まり力が集まる。胸の奥の炎が応えている。
「これが……スキル⋯⋯」
レッドは自然と理解した。説明など必要なかった。力の使い方が流れ込んでくる。
炎が導いている。身体が教えている。ならば――。
「スキル発動――」
炎が弾けた。紅蓮の光が校庭を照らす。3体の竜牙兵が同時に振り向く。だが、もう遅い。レッドは剣を構えていた。
左足を引き、腰を落とす。そして重心を定める。その姿はまるで長年剣を振るってきた剣士のようだった。自分でも不思議だった。初めてなのに。なぜか分かる。どう振ればいいか。どう斬ればいいか。
「逃れられぬ運命を――」
神剣が輝く。それは太陽のように、夜を終わらせる朝日のように。
「この一撃で焼き尽くす――!」
そして、レッドは踏み込んだ。閃光。それしか見えなかった。
紅蓮の軌跡が闇を切り裂く。炎が踊る。光が奔る。空気が悲鳴を上げる。そして、竜牙兵が気づいた時には、既に斬撃の軌道の中にいた。
「 【日昇閃華】 」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一瞬だった。本当に一瞬。気付いたときには、レッドは竜牙兵たちの背後に立っていた。神剣を握ったまま。振り返らず、ただ呼吸だけが聞こえる。
「……これで、終わりだ」
レッドは誰に聞くでもなく呟く。その直後だった。
ゴォォォォォォォォォォォッ!!
炎が噴き上がる。竜牙兵の足元から。それは天へ向かって、巨大な炎柱が生む。3体の怪物を飲み込みながら、まるで意思を持つ炎の獣のように。咆哮しながら。暴れながら。
全てを焼き尽くしていく。
「GAAAAAAAAAAAAA!!」
断末魔。骨が砕ける音。闇が消える音。――やがて、炎が収まった時。
そこには何も残っていなかった。3体の竜牙兵は、完全に消滅していた。
「……実に見事だ」
フレイが静かに言う。その声には珍しく満足そうな響きがあった。
「やはり君を選んだ甲斐があった」
レッドは剣を下ろす。まだ少し息が荒い。
「……終わった?」
「今の敵は、な」
そしてフレイは校舎を見上げる。
「根本を断たない限り、いくらでも現れる」
「……そうだよな」
異変はまだ終わっていない。これは始まりに過ぎない。
「それと」
すると、フレイが続ける。
「今ので君はランク〈E〉程度には到達しただろう」
「だからそのランクって……」
「後で説明する」
「絶対説明しないやつだろそれ」
「気のせいだ」
「絶対違う」
レッドは呆れる。だが、少しだけ笑ってしまった。恐怖は消えていた。代わりに、胸の奥で炎が燃えている。揺るがない炎。前へ進むための炎。エレメンターとしての第一歩。
その証だった。フレイは校舎の奥を見つめる。その瞳がわずかに鋭くなる。
「――来るぞ」
「え?」
次の瞬間。校舎のどこかから轟音が響いた。壁が砕ける音。何かが動き出した音。そして異様な気配。先ほどと同じ、濃密な闇。レッドは神剣を握り直す。
戦いはまだ終わっていない。むしろここから始まるのだ。
「――任せて」
真っ直ぐ前を見る。もう迷いはなかった。フレイは満足そうに微笑む。
「いい返事だ」
そして静かに告げた。
「では――また君の灯火の光を見せてもらおう。レッド」
少年は頷く。胸に宿る炎と共に。さらなる異変の中心へ向かって。




