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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-断罪なき沈黙-

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98-02

葬儀から半年。

季節は巡り、あの夜のダイヤモンドダストの記憶も、世間からはとうに消え失せていた。

優也の実家のリビングには、西日が重苦しく差し込んでいる。

かつては家族の笑い声が響いていたはずの広い空間は、今や冷え切った墓標のようだった。

ソファの端、かつて久志と唯が並んで座り、自分たちの「恋バナ」を笑顔で受け流していた場所に、和翠が影のように蹲っている。

二人はこの半年間、こうして互いの家を行き来しては、出口のない「罰」を共有し続けてきた。


「……ねえ、優也くん。また、あの夢を見たの」


和翠が、膝を抱えたまま乾いた声で呟く。


「唯さんに、笑いながら『お幸せに』って言われる夢。……そのあと、唯さんの足元が、あの夜のリク電みたいにキラキラ光って消えていくの。……助けてあげられなかった。私、自分のことばかりで。唯さんのあの時の顔、今ならわかるのに……」


優也は答えず、テーブルに突っ伏したまま、握りしめた拳を震わせた。


「……俺が、殺したんだ。あいつらが本当はどんな地獄にいたのかも知らずに、『結婚しちゃえよ』なんて笑いながら言ってた。……あの時の久志の目が、一瞬だけ泳いだのを覚えてる。俺はそれを、照れてるんだって勝手に解釈して……追い討ちをかけたんだ」

「私も……」


和翠の声が、嗚咽に変わる。


「唯さんが、たまに遠くを見るような目をするたびに、『久志くんのこと考えてるんでしょ?』って、茶化してた。……あんなに、あんなに苦しそうに、誰にも言えない秘密を抱えていたのに……。私は、自分の恋の悩みなんかを唯さんに聞かせて……彼女の心を削ってたのよ」

「……もう、あいつらは死んだんだ。俺たちが、あの崖まで追い詰めて、冷たい海に突き落とした。一生、この罪は消えない。俺が幸せになる権利なんて……」


部屋は静まり返り、時計の針の音だけが、無慈悲に二人の余生を削り取っていく。

二人は互いの存在に縋り、傷を舐め合いながらも、その温もりの中に救いを見出すことはできなかった。

彼らにとって、久志と唯は「死をもって自分たちを呪い続ける聖域」と化し、二人はその祭壇の前で、ただ朽ち果てるのを待つだけの「遺された者」となっていた。



同じ頃。

九州の南端、紺碧の海がどこまでも広がる温暖な港町。

そこには、潮風に髪をなびかせ、弾むような足取りで石段を上がる二人の姿があった。


「……ねえ、つばさくん! 見て、あそこのブーゲンビリア。あんなに鮮やかに咲いてるよ!」


女性が、弾けるような笑顔で隣の青年に声をかける。

青年__かつて「安倍久志」と呼ばれていた北瀬翼きたせつばさは、眩しそうに目を細め、彼女の細い指先を優しく包み込んだ。


「本当だね。……未来みらい、そんなに急がなくても花は逃げないよ」

「だって、嬉しいんだもん。こんなに温かくて、空が広いなんて。……私たち、本当に、たどり着いたんだね」


未来は、透き通るような青空を仰ぎ見た。

二人が選んだのは、誰も自分たちを知らない、言葉の訛りさえも違う、生命力に満ちた遠い地。

手元にあるのは、偽造された新しい身分証と、あの夜の冷気と共に持ち出した、希望という名の軍資金だけ。


「安倍久志」と「藤村唯」という哀しい名前は、あの北端の崖に残された遺留品と共に、法的にはこの世から抹消された。

世間にとって、そしてかつての親友たちにとって、二人は「悲劇の心中を遂げた姉弟」として記憶の底に沈んだ。

だが、その残酷な結末こそが、彼らが手に入れた究極の自由だった。


「……ねえ、翼くん。あの日、美桜吏さんが見せた光、ここにもあるね。でも……」


赤松未来あかまつみらいが、キラキラと輝く九州の海を指差す。

そこには、あの断崖で見たダイヤモンドダストのような鋭い冷たさは微塵もなかった。

ただ二人を祝福し、明日へと誘うような、黄金色の陽光が満ち溢れていた。


「……ああ。あれは『さよなら』の光だったけど、これは『おはよう』の光だ」


翼は、未来の肩を力強く抱き寄せた。

自分たちの生存を知らせるつもりは、一塵もない。

優也や和翠が、今この瞬間も自分たちの「死」を呪い、癒えない絶望の底で傷を舐め合っていることも、もはや彼らの関知するところではなかった。


「……ねえ、翼くん。今日の夕飯は何にしようか? この街の美味しいものを、全部試してみたい!」

「それじゃあ、市場に寄って帰ろうか。……これからは、毎日が記念日だ」

「うん! ……大好きだよ、翼くん」

「俺もだ、未来。……愛してる」


古い名前を脱ぎ捨て、記憶を海に沈めた。

かつての「姉弟」は、今、新しい名を持つ「男と女」として、誰にも邪魔されることのない眩い幸福の中へと歩を進めていく。

彼らの行く先には、もう影を落とす者は一人もいない。

ただ、どこまでも続く光の航路が、二人を祝福するように輝いていた。


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