97-01
茨堂陸島の断崖で見つかった遺留品、そしてあのビデオメール。
警察は「遺体不在のままの心中」と断定し、捜索は打ち切られた。
数日後、久志と唯の葬儀が、実家の近くにある古びた斎場で、ひっそりと執り行われた。
祭壇に並ぶのは、どこか幼さの残る二人の遺影。
棺の中には、崖に残されていた「片方の靴」と「風に煽られた上着」が納められているだけだった。
「……あいつら、なんであんな所まで行ったんだよ」
参列した優也は、焼香の列に並びながら、震える声で呟いた。
隣に立つ和翠は、ハンカチを握りしめ、溢れる涙を止められずにいた。
「……優也くん、私……唯さんに『いつか二人で旅行に行こうね』って言ったの。……その時、唯さん、すごく困ったような顔をして笑ってた。……あの時、もう決めてたんだよね。自分たちが、どこにも行けないってこと」
「……俺だって、あいつらに『お似合いだ』なんて……何度も言っちまった。……あんなに仲が良いんだから、早く付き合っちゃえよって……。あいつら、どんな気持ちで聞いてたんだよ……!」
二人の後悔が、静まり返った斎場に漏れ出す。
その時、焼香を終えた久志と唯の父親が、二人の前で足を止めた。
その顔には、悲しみというよりも、憑き物が落ちたような、不気味なまでの「清々しさ」すら漂っていた。
「……優也君。和翠さん。あの子たちのために泣いてくれて、ありがとう」
父親の声は、驚くほど平坦だった。
「……でもね、もう自分を責めるのはやめなさい。……あの子たちが心中を選んだのは、君たちのせいじゃない」
「……叔父さん、何を言ってるんですか」
優也が食ってかかろうとした瞬間、父親の口から、氷のように冷たい事実が告げられた。
「……あの子たちはね、実の姉弟なんだよ。……一分一秒、同じ腹の中にいた、双子だったんだ」
「…………え?」
優也の思考が停止した。
和翠の嗚咽が、ピタリと止まる。
斎場内の空気が、一瞬にして真空になったかのように重く、苦しくなった。
「……あの子たちは、生まれ落ちた時から、二人で一つだった。……成長するにつれ、その絆が歪なものになっていくのを、私たちはただ見ていることしかできなかった。……世間様には、従兄妹だと嘘をついて育ててきたが……。結局、あの子たちは、自分たちが『決して許されない存在』であることを、誰よりも自覚していたんだよ」
父親は、祭壇の遺影を見つめ、微かに口角を上げた。
「……だから、これでいい。……誰にも届かない場所で、二人きりで、ようやく『苦しみ」から解放されたんだ。……あの子たちの死を、これ以上汚さないでやってくれ」
父親はそれだけを言い残し、背を向けて去っていった。
優也と和翠は、ただ、立ち尽くしていた。
自分たちが投げかけた「お似合いだ」という言葉。
「早く付き合っちゃえ」という、無邪気で残酷な励まし。
それらが、二人にとってどれほどの、鋭利な刃となって突き刺さっていたのか。
(……俺が、追い詰めたんだ)
優也は、自分の無自覚な言葉の一つ一つを思い出し、吐き気に襲われた。
和翠は、口を覆ったまま、その場に崩れ落ちた。
自分たちの知っていた「久志」と「唯」は、最初から最後まで、誰にも言えない孤独の檻の中にいたのだ。
出棺のベルが、虚しく斎場に鳴り響く。
「安倍久志」と「藤村唯」という存在が、人々の後悔と、親の冷徹な諦念の中で、一つの「事件」として葬り去られていった。




