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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-美しくも醜い祈り-

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窓際の席に差し込む午後の光は、和翠が広げたお弁当の色彩をいっそう鮮やかに浮かび上がらせていた。


「……よし、いただきまーす!」


優也は、子供のように目を輝かせて両手を合わせた。目の前にあるのは、

丁寧に詰められた二段重ねのお弁当。

和翠が今朝、自分の分と一緒に用意してくれたものだ。

箸を伸ばし、まずは黄金色の卵焼きを一口。


「……うわっ、この卵焼き、絶妙。やっぱり和翠の味付け、最高だな。甘すぎず、出汁がじゅわっとしてて」

「大げさよ。普通にお砂糖と出汁を入れただけなのに」

和翠は少し照れたように、細い指先で頬をなぞりながら笑った。

彼女は自分の小さなお弁当箱から、色鮮やかな副菜を一口ずつ口に運ぶ。

その所作の一つひとつに、育ちの良さと、愛する人に料理を振る舞う喜びが滲んでいた。

優也が幸せそうに頬張る姿をじっと見つめていた和翠が、ふと思いついたように箸を止め、少しだけ声を潜めた。


「ねえ、優也。……最近、私、よく考えるの。こうしてお弁当を作ったり、放課後を待っていたりする時間も大切だけど……。もし、ずっと一緒にいられたら、もっと素敵だと思わない?」

「ずっと……?」

「ええ。たとえば、その……卒業を待たずに、一緒に住む準備を始めるとか。同棲、してみたくない?」


和翠の瞳には、一切の打算も汚れもない、純粋な憧れが宿っていた。

大好きな人と、朝から晩まで同じ屋根の下で過ごす。

それは彼女にとって、ごく自然で幸福な未来の形だった。

優也は口の中のものを飲み込み、少しだけ困ったような、けれど愛おしそうな苦笑いを浮かべた。


「……和翠。そう言ってくれるのは、本当に嬉しいよ。俺だって、一秒でも長くお前と一緒にいたいって思ってる」


優也は一度言葉を切り、和翠の柔らかな手の上に、自分の手をそっと重ねた。


「でも、今はまだ難しいかな。……まずは俺が、ちゃんと自分の足で立てるようにならないと。金銭的にもまだ学生だし、和翠を養うなんて言える身分じゃない。それに、今の状態で無理に一緒に住み始めて、和翠の家族に心配をかけたくない」

「優也……」

「ごめんな。でも、中途半端な覚悟で和翠を連れ出したくないんだ。ちゃんとした形で、誰からも祝福される状態で迎えに行きたい。だから、もう少しだけ待っててくれないか?」

優也の言葉には、和翠を大切に想うからこその誠実さが詰まっていた。

和翠は少しだけ残念そうに眉を下げたが、すぐにまた、いつもの穏やかな微笑みに戻った。


「……そうね。優也らしい。あなたのそういう、真面目で責任感の強いところ、信じてる。だから、その時を楽しみに待ってる」


二人の間に流れるのは、どこまでも透明で、濁りのない信頼。

周囲の学生たちの喧騒をよそに、二人は再び、穏やかな昼食の時間へと戻っていった。

光の下で育まれる、あまりに眩しい「正解」の形。





講義が終わる頃、キャンパスは燃えるような茜色の夕日に包まれていた。

正門近く、大きく枝を広げたシンボルツリーの下。

優也はスマホの画面を眺めるふりをしながら、何度も校舎の入り口へと視線を送っていた。

周囲では、部活に向かう学生たちの活気ある声や、足早に駅へ向かう人波が通り過ぎていく。

けれど、優也の意識はただ一点__校舎から出てくる、愛しい女性の姿だけを探していた。

ズボンのポケットの中で、小さな小箱の感触を確かめる。

深夜までのアルバイトをいくつも掛け持ちし、食費を削って、ようやく手に入れたものだった。


「……優也!」


聞き慣れた、鈴を転がすような声。

校舎の階段を軽やかに下りてくる和翠の姿を見つけ、優也の顔が一気に綻んだ。


「お疲れ、和翠。……今日も綺麗だ」

「もう、恥ずかしいこと言わないで」


和翠は少し顔を赤らめながら、自然な動作で優也の腕に手を添えた。

歩き出そうとする和翠を、優也は優しく引き止め、シンボルツリーの木陰へと誘う。


「和翠、これ……」


ポケットから取り出したのは、シンプルながらも上品に輝く指輪だった。

夕日に照らされ、プラチナの曲線が細く光を反射する。

和翠は驚きに目を見開き、両手で口元を覆った。


「お昼に、同棲の話をしてくれただろ? すぐに一緒に住むのは、まだ難しいけど……。これは、いつか必ず迎えに行くっていう、俺なりの約束の証なんだ。バイト代を貯めて、やっと買えたんだよ」


優也の言葉は少し震えていたが、その瞳には一点の曇りもない決意が宿っていた。

和翠の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。


「優也……。嬉しい、本当に嬉しい。……私、ずっと待っている。あなたが迎えに来てくれる日をまってるからっ」


優也は震える手で、和翠の細い薬指にその指輪を通した。

サイズはあつらえたようにぴったりで、彼女の白い肌によく映えていた。


「……さあ、行こうか。お祝いに、美味しいタルトを食べに行こう」

「ええ、行きましょう」


二人は、夕暮れに伸びる影を一つに重ねながら、駅の方へと歩き出した。

薬指で静かに、けれど確かな重みを持って輝く銀の輪。

それは彼らが「正しい世界」の住人であり、誰からも祝福される未来へと守られていることの証明だった。

明日も、明後日も。

この幸福な日常が、呼吸をするのと同じくらい当たり前に続いていくことを、二人は微塵も疑っていない。

その足元へ、血を分けた二人が吐き出した呪詛が、音もなく這い寄っていることなど。

眩すぎる光の中にいる彼らには、まだ、知る由もなかった。


to be continued.

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