81-27
昼休みの生徒会室。
窓から差し込む明るい日差しが、整然と並んだ長机の上を白く照らしている。
生徒会長である天は、窓際の席で優雅に書類をまとめ終えると、向かい側の座る蒼に、いたずらっぽい笑みを向けた。
「……そろそろ、来ますかね」
「落ち着きなさい、蒼くん。彼女も勇気を出してここに来るんです。私たちは、ただどっしりと構えて待っていればいいのですよ」
天は余裕の笑みを浮かべて見せるが、その指先がわずかに机を叩くリズムは、彼女自身も少なからず期待と緊張を抱いていることを物語っていた。
そこへ、控えめながらも確かなノックの音が響く。
「失礼します……」
扉の隙間から顔を覗かせたのは、トートバッグを大事そうに抱えた弥生だった。
「弥生、待ってたよ」
「いらっしゃい、弥生ちゃん。さあ、こちらへ」
蒼が立ち上がって椅子を引くと、弥生は顔を赤らめながら「ありがとう……」と呟き、おずおずと席に着いた。
彼女が机に置いたのは、少し形は不揃いだが温かみのある手作り弁当。
すかさず天も、自慢の彩り豊かな豪華弁当をその隣に並べる。
「さて、蒼くん。今日はどちらから召し上がりますか?」
天が挑戦的な笑みを浮かべ、割り箸を割った。
ここから、静かな、けれど熱い火花が散り始める。
「はい、あーん! 蒼くん、まずは私の特製だし巻き卵です。出汁の配合に一晩かけた、会長特選の一品ですよ」
「あ……天、自分でお箸持ってるから……」
「ダメです。これは労い。さあ、早く!」
たじろぐ蒼の右頬にだし巻きが迫る。
すると間髪入れず、左側から弥生が震える手で箸を割り込ませた。
「……蒼ちゃん。私のも、食べて? 昔、蒼ちゃんが美味しいって言ってくれた……お母さん直伝の甘い卵焼き。がんばって、焼いたんだよ」
弥生の箸先には、少し焦げ目のついた、けれど甘い香りを放つ卵焼きが揺れている。
右には「完璧な出汁の黄金色」、左には「懐かしい不器用な琥珀色」。
「ええい、もう! 両方だ!」
蒼は覚悟を決め、左右から迫る箸を同時に口に含んだ。
「むぐっ……!」
「どうです、出汁の深みは!」
「蒼ちゃん、甘さは……どうかな?」
二人の距離が近すぎて、蒼は顔を真っ赤にしながら必死に咀嚼する。
「……どっちも最高だ。天のは料亭みたいだし、弥生のは……食べてると、なんだかホッとする」
「ふふ、まだ序の口ですよ。メインディッシュはここからです!」
天が次に差し出したのは、香ばしい香りを漂わせる茶褐色の唐揚げだった。
「はい、次は私の『特製醤油唐揚げ』です! 二段仕込みの醤油でしっかり味を染み込ませて、外はカリッと、中はジュワッと。さあ、あーん!」
「ちょ、天、まだ卵焼きが……」
そこへ、弥生が負けじと白っぽい衣の唐揚げを差し出す。
「……蒼ちゃん、こっちは『特製塩唐揚げ』だよ。お肉を柔らかくするために、塩麹に漬け込んで……なれないけど、頑張って揚げたの。食べて……くれる?」
右からは「ガツンとくる醤油の香圧」、左からは「優しく包み込む塩の旨味」。
「わ、分かったから! 順番に……いや、これも両方だ!」
「「あ〜ん!」」
二人の勢いに押され、蒼の口に二つの肉塊が放り込まれる。
「んんーっ! 天のは飯が進む最強の味だし、弥生のは……肉がびっくりするくらい柔らかくて、いくらでも食える……!」
「……ふん、まあ、その『柔らかさ』だけは評価してあげましょう」
天が少し悔しそうに鼻を鳴らすが、弥生はパッと顔を輝かせた。
さらに戦いは、飲み物の「お茶対決」へと発展する。
「蒼くん、喉が詰まりますよ。私の淹れた香り高い温かい緑茶をどうぞ」
「蒼ちゃん、こっちの麦茶、冷えてるよ。これもお母さんに教わった淹れ方で、香ばしいんだよ……」
今度は右から温かい湯呑み、左から冷たいコップが差し出される。蒼が戸惑っていると、天の瞳が妖しく光った。
「……あら、蒼くん。そんなに手が塞がっているなら、私が直接……口移しで差し上げましょうか?」
天がいたずらっぽく唇を尖らせ、これ見よがしに蒼の顔を自分の方へ引き寄せる。
「なっ、ちょっ……天!?」
「ひゃあぁっ! だ、ダメだよ天ちゃん! それは反則!」
弥生が顔を真っ赤にして叫び、全力で二人の間に割って入った。
天の肩を必死に押し戻し、体当たりでその「暴挙」を阻止する。
「あら、弥生ちゃん。そんなに焦らなくても、あなたの分も残しておいてありますよ?」
「そういう問題じゃないから! 蒼ちゃん、こっちの麦茶飲んで! はい、あ〜んして!」
「結局あ〜んなのかよ!」
蒼の叫びが、夕暮れの生徒会室に空しく響く。
天の余裕たっぷりな攻勢と、弥生の必死なガード。
賑やかで、少しだけ火花の散るような、けれどかつての冷たい沈黙が嘘のような温かな時間。
「……ふふ、賑やかですね」
「……うん。美味しいね、お弁当」
ひとしきり騒いだ後、三人は顔を見合わせて笑った。
かつては「偽りの罪」で繋ぎ止めていた関係が、今は「二つの弁当」と「二種類のお茶」を分け合い、互いに一歩も譲らないほどに、強くて確かな絆へと変わっていた。
「……二人とも、本当にありがとう」
蒼の心からの言葉に、二人の少女が同時に顔を綻ばせる。
そんな賑やかで、眩しいほどに真っ直ぐな「光」の光景。 彼らは信じている。
過去の罪を乗り越え、この穏やかな日常が、明日も明後日も続いていくことを。
不意に見上げた窓の外には、どこまでも高い青空が広がっていた。
to be continued.




