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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-愛という名の鳥籠-

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80/106

79-25

久志の向かう場所は決まっている。

唯の家だ。

歩きながら、頭の中は唯のことで占領されていた。

高校の入学式での出会い、格好のつかない告白、初めてのデートで繋いだ手の震え。


(ただの執着じゃない。俺は、こんなにも唯を愛しているんだ)


美桜吏に指摘され、ようやく自分の胸にある「好き」の先にある感情に気づけた。

しかし、その高揚はすぐに鋭い予感に取って代わられる。


(あの人の言葉……唯は、何かを隠している)


「あそこまで言われないと気づかないなんて、俺は本当にバカだ」


何も知らないまま終わるなんて耐えられない。

それがたとえ、二人を分かつ絶望だったとしても。

目的地に着くと、久志は一度大きく深呼吸をして覚悟を決めた。

悴んだ手を息で温め、チャイムを鳴らす。


「……はい。あ、安倍くん?」


インターホンのモニター越しに、唯の当惑した声が響く。


「突然ごめん。少し、時間をくれないか」

「ダメだよ。もうバイバイって言ったでしょ。唯の気持ちは変わらないから」


久志は改めて唯の一人称が嘘をついている時のモノだと気がついた。


(あ、そうか、あの巫女ノ丘の時も、今思えば一人称が唯、だったな。全部、嘘、だったんだ)


「唯。……俺は、別れたい理由を聞きに来たんじゃない。君がひた隠しにしている『事実』を知りに来たんだ」


返答が途切れる。

沈黙は、彼女の動揺そのものだった。


「何も知らされないまま置いていかれるのが、どれだけ残酷か。君ならわかっているはずだ。なのに、また一人で抱え込むのか? それは優しさじゃない。ただの逃げだ! 真実をどう受け止めるか決めるのは、俺だろ!」

「……少し、待ってて」


インターホンが切れ、しばらくして玄関の扉が開いた。

現れた唯の顔は、幽霊のように蒼白だった。


「……教えて。俺の我儘を聞いてくれ」

「……後悔しても、知らないよ。もう二度と、元には戻れないから」


唯の声は、冬の風よりも冷たく震えていた。


「『事実』は、どんな地獄よりも残酷だよ」


久志は真っ直ぐに頷く。

唯は天を仰いで一度深く息を吸うと、逃げ場を塞ぐように久志を見据えた。


「……私たち、本当は同じ家族だったの。同じ母親から生まれて……一分も違わずにこの世界に来たの。……同じ、安倍家の子供として」


その言葉に、久志は耳を疑った。

心臓が跳ね上がり、全身の血が逆流するような感覚に陥る。


「……何を、言ってるんだ。君は藤村家の子、だろ?」

「その当時、安倍くんの両親は、双子を育てる余裕がなかった。だから……最初に生まれた子を、親戚だった藤村家に養子に出したの。それが、私。……貴方は、残された方の双子。私たちは、生まれた瞬間に切り離された、血の繋がった兄妹なんだよ」


久志は崩れ落ちそうになる足を必死に踏ん張った。

現実離れしている。

受け入れがたい。

今すぐ耳を塞いで、ここから逃げ出したい。

けれど、自分が望み、彼女が命を削るようにして差し出した真実だ。


「……これが、現実。満足した? ずっと実の兄妹だったのに、私は……男として貴方を愛してたの。ねえ、気持ち悪いでしょう?」


久志は、唯の瞳を見つめた。

日本人離れした、吸い込まれるような灰色の瞳。

自分と同じ、鏡を見ているかのように錯覚させるその色は、単なる偶然などではなかったのだ。

この瞳の色彩こそが、血の濃さを証明する何よりの証拠だった。


「……本当に、そうなのか」

「パパとママ……育ての両親に、本当の戸籍まで見せてもらったから……間違いないよ。私の両親は、安倍くんの両親なの」


久志は、喉の奥までせり上がってきた嗚咽を飲み込み、必死に言葉を探した。

二人は溢れそうになる涙を必死に堪え、壊れそうな平然を装って言葉を交わす。

愛し合った記憶が、今この瞬間に鋭い刃となって二人を切り刻んでいく。

同じ灰色の瞳から流れる涙が、皮肉にも二人が繋がっていることを肯定していた。


「……それじゃ、これからは……姉さんって呼ばなきゃ、いけないかな?」

「そうだよ。私はお姉ちゃんなんだから。……ね、もう、いいでしょ」


唯は震える拳を握りしめ、無理やり胸を張った。


「……話してくれて、ありがとう」


久志は、二度と恋人として触れることのできない右手を差し出した。

唯も、その手を握り返す。

触れ合った瞬間に、決壊した。

堪えていたモノが、熱い涙となって二人の頬を伝い落ちる。

「愛してる」という言葉が、この世界で最も許されない呪いに変わった瞬間だった。


「……それじゃ、また学校で。……」


久志はそれだけを絞り出すと、一度も振り返らずに背を向けた。

唯は、愛した人の背中が夜の闇に溶けて見えなくなるまで、動くことができなかった。





衝撃的な事実。

世界はあまりにも残酷で……。

神様は、どれほど二人が慈しみ合ったかを知りながら、この結末を用意した。

同じ灰色の瞳を持つ二人の物語は、あまりにも静かに、けれど決定的に終わりを告げた。

過去を変えることは、死んでも叶わない。

ただ、夜を越えて流れる時間だけが、血の繋がった二人を等しく、冷たく包み込んでいた。


to be continued.

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