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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-愛という名の鳥籠-

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73-19

(逃げた。私は、逃げてしまった)


何から?


(現実を受け止めきれず。だけど、それを「事実」とするなら、すべてに辻褄が合ってしまう)


どうして?


(なぜ、彼は私の仕打ちをあんなにも甘んじて受け入れていたのか。「母さんの仇」だと思い込ませていたにしても、今考えればおかしいことばかりだ)


何がおかしい?


(彼は誰かに相談しようとも、警察に通報しようともしなかった。そうすれば、彼はもっと早く楽になれたはずなのに。……そうしなかったのは、全部、私を生かすための虚構だったから)


走り疲れ、雨を含み始めた重い空気の中を歩きながら、弥生は虚空を見上げる。


「雨雲……降るのかな」


目的地などない。

ただ、当てもなく足を動かす。


(私、わがままだ。誰かのせいにして、甘えて、今日まで生きてきた。その罪に対して、今、罰が下ったんだ)


気づけば、弥生はてんの家の前に立っていた。


(どうして、ここに来たんだろう。今さら、どうしろっていうの)


心とは裏腹に、身体が自然とここを選んでいた。

震える指でインターホンを押そうとするが、あと一歩の勇気が出ない。


(……彼女は、知っていたのだろうか)


弥生が戸惑っていると、不意に玄関の扉が開き、てんが姿を現した。


「……家の前で、何をしているのですか?」


心の整理がつかない弥生は、無言のまま立ち尽くす。

言葉を紡ぐ気力が湧かない。


「察しはつきます。事実を知って、どうしていいか解らなくなった。そういうことなのですね」


弥生は、絞り出すように声を漏らした。


「……知っていたの?」

「事実を、ということでしょうか?」


弥生は小さく、力なく頷く。


「蒼くんのお見舞いに行ったときに、全部聞いていました。事故で脚を失ったことも、あの弾みで片目を失ったことも。それでも、それは蒼くんが自分で決めたことでしたから。当事者でない私が入る余地なんてない。だから、私は蒼くんを違う形でサポートしようと、この六年間、隣に居続けてきました」


てんの淡々とした言葉に、弥生は苦しげに不満を漏らす。


「……どうして、教えてくれなかったの?」

「簡単なことです。本人が受け入れようとしない限り、放たれた言葉は意味を持たないからです。もし、あの当時、私が事実を話したとして……あなたは受け入れられましたか? 理解しようとしましたか? ___そうではないでしょう。あなた自身が『知りたい』と思わない限り、どれほど言葉を尽くしても無意味なのです。今、この時だからこそ、あなたは受け入れようとしている。それでも、どうしていいか分からなくて、ここへ来たのでしょう」

「私は……どうしたらいい?」


問いかける弥生に、てんはふと浮かんだ疑問を投げかけた。


「ひとつ、聞いていいですか? あなたはどうして、そんなに簡単にその事実を受け入れられたのですか?」


てんの射抜くような視線に、弥生はゆっくりと目を逸らした。

その反応だけで、てんはすべてを理解した。


「……そういうことなのですね」


弥生は話題を戻すように、唇を噛む。


「そんなことより……この罪は、どうしたら許されるの?」

「その答えを、当事者ではない私は持ち合わせていません。許すか許さないかは、あなた自身が決めることです。蒼くんに聞いても、きっと同じことを言うはずですよ。……それでも気になるのでしたら、本人に聞いてみてはどうですか?」


てんの言葉を最後に、弥生は小さく会釈をして、とぼとぼと歩き出した。

その背中を見送りながら、てんはスマホを取り出し、蒼へコールを繋いだ。

蒼はすぐに出た。


「蒼くん。今、弥生ちゃんが来ました。……公園の方角へ向かって行きましたよ」

〈……連絡ありがとう、てん〉

「蒼くん。もしかしたら、弥生ちゃんは___」


言いかけた言葉を、てんは途中で飲み込んだ。


「いえ……。蒼くんなら、もう解っていると思います。でも、あえて言わせてください」

〈何かな?〉

「弥生ちゃんを、救ってあげて」

〈___もちろんだよ〉


___


気づけば、雨が激しく降り出していた。


「私は、どうしたらいい?」


降りしきる雨空へ問いかけるが、返答はない。


「この罪は、どうしたら許されるの?」


当てもなく歩き続け、たどり着いたのは近所の「茨堂陸島公園」だった。

幼い頃、蒼、てん、弥生の三人でよく駆け回った場所。

弥生はベンチに深く座り込み、雨に打たれ続けた。

ふと、幼い自分たちが笑いながら遊ぶ幻影が見えたような気がした。

どこを見ても、幸せだった記憶がこびりついている。


(……あんなに、たくさんの楽しい思い出が詰まっていたんだ)


そして、ここは蒼が退院して間もない頃、彼を呼び出した場所でもあった。

真相を確かめるためと称して、事実に耳を貸さず、彼を殺そうとさえした場所。


(今なら解る……。呼び出しても、彼が事実を言うはずなんてなかったのに)


弥生が蒼と、そしててんと決別した場所。

あの時、詰め寄る自分に蒼が返した答えは、病院で聞いた「嘘」と同じだった。


(……言うわけないよね。私、本当におバカだ)


てんとの間に深い溝はなかったはずだ。

ただ、母さんの仇である蒼と仲良くしている彼女が気に食わなかった。

ただ、それだけの理由で遠ざけてきた。


(本当に……子供だな、私)


ここは、楽しい思い出と、残酷な思い出が混在する場所。


「……このまま、消えてなくなるのもいいかもしれない」


すべてを洗い流すように降る雨の中で、弥生はそう思った。


「そうすれば、許される? ……それとも、彼を私から解放してあげられる?」


不意に、頭上に落ちる雨が止んだ。

けれど、周囲では今も雨音が激しく鳴り響いている。


「……探したよ。ここに居たんだな」


蒼が傘を差し出し、雨から弥生を護るように立っていた。


「……私を救う価値なんてない。護ってもらう資格なんて……ないのよ」


蒼は無言で弥生の腕を掴み、立たせようとする。

しかし、弥生はその手を強く振り払った。

その瞬間。

弥生は頬に熱い衝撃を感じた。

痛みは、少し遅れてやってくる。


(……ぶたれた?)


「いいから、来い!」


蒼は力強く言い放つと、再び弥生の腕を掴んだ。

そのまま抵抗を許さず、彼女を引っ張るようにして歩き出した。


to be continued.

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