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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-愛という名の鳥籠-

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69-15

蒼は、鐘の傍らで佇む高橋優也らしき人物に声をかけた。


「すみません、久志くんの友達の優也くん……ですか?」

「ああ。君が神崎蒼か」


優也は、蒼がつく杖と左右で色の違う瞳に目を留めたが、あえて何も訊かなかった。

誰しも、他人に土足で踏み込まれたくない領域の一つや二つはあるものだと知っていたからだ。


「……はい」


何から話すべきか迷い、言葉に詰まる蒼を見て、優也は短く促した。


「売店前のベンチにでも座ろう。立ちっぱなしじゃ、君も辛いだろ」


二人は売店で飲み物を買うと、並んで腰を下ろした。


「さて。まず初めに言っておくが、これから話すのはあくまで俺個人の考えだ。俺が言ったからそうする、なんてのは無しだぞ。それでは君に自我がないのと同じだ。誰かに言われたから動くのか? 君を動かしている意思はどこにあるんだ?……っていう話になる。だから、俺の話は鵜呑みにせず、必要だと思うことだけ持って帰ってくれればいい」

「わかりました。……やっぱり、昔の話からした方がいいですか?」

「話したければな。そうでないなら別にいい。君にとってそれは、まだ『過去』になっていないんだろ? 無理に暴こうなんて思っちゃいないよ」

「……ありがとうございます」


優也はドリンクを一口含み、視線を真っ直ぐに向けた。


「君は、死にたいとか、生きていても意味がないと思ったことはあるか?」

「……優也くんは、あるんですか?」


優也は空を見上げたまま答える。


「ああ、三年前にな。一度や二度じゃない。でも、自分じゃ勇気がなくて出来なかった。……で、蒼はどうなんだ」

「……僕もあります。このまま消えてしまいたいと思うことは。でも、死ねないんです。死にたくても、死んじゃいけないって……」

「俺の時とは少し違うか。俺は死ぬ勇気がなかった。でも君は、死んでもいいと思いつつ、死ねない理由がある。そういうことか」

「……はい。僕には幼馴染の女の子がいて、僕はその子の母親の仇……彼女の中では、そうなっているんです」

「だから、死ねないと?」

「……はい」

「なるほどな。君がその子を護るために死ねないってことはわかった。だが、一つ質問させてくれ。人が生きる上で一番大切なものは何だと思う? 難しく考えるな、単純なことだ」


蒼は少し考え、自信なさげに答えた。


「……モラルとか、人間性ですか?」

「それも必要だが、俺の答えは違う。『命』だ。さっき死んでもいいと言ったが、死んだら何も残らないんだぞ。もし君が死んだとして、その命の重さを彼女に背負わせるのか? 彼女に『殺した』という責任を一生負わせたいのか?」

「どんな理由でも、自分が選んだ結果ですから……。あんなに嫌われているなら、せめて僕の死が彼女の生きる糧になるなら、それもいいかなって……」

「君、もしかして『好き』の反対は『嫌い』だと思ってないか?」

「え……違いますか?」

「違う。好きも嫌いも、そこには強い感情がある。その反対にあるのは『無関心』だ。彼女の中に『嫌い』という感情がある限り、君は彼女の中で生きている。……君はどうなんだ。その幼馴染のことは好きなのか?」

「昔は好き、でした。でも、今は……正直、自分でもよくわかりません」

「それってつまり、君も彼女も現実から逃げてるってことだ。俺にはそう聞こえる。君はその子を護っているつもりになっているだけだ。……いいか、護るっていうのは、真実を話してから言うものだ。殻の中に閉じ込めておくのは、護るとは言わない」

「閉じ込めるなんて、僕はそんなつもりじゃ……!」

「君にも辛い記憶があるだろう。それは消せない。だけど、すべてが辛かったわけじゃないはずだ。楽しかったことも、嬉しかったことも、君の中にはある。……だが、彼女はどうだ? 真実を知らされず、偽りの記憶の中で『護られて』いる。それは彼女という人間そのものを否定しているのと同じじゃないのか?」

「……否定、ですか?」

「すまない、言い過ぎたかもしれない。君は久志の友人だ、あえて厳しく言わせてもらう。君のやっていることは、彼女を棚に飾って愛でているだけだ。好きかどうかもわからなくなるのは当たり前だ。全部、彼女に真実を話してからだ。話はそこから始まるんだよ」


蒼は反論するように言葉を絞り出した。


「……当事者じゃないから、そんなことが言えるんじゃないんですか?」

「当事者か。……俺もかつて当事者だったよ。幼馴染で恋人だった、一番大切な人を失った。目の前で車に轢かれてな……。助けたくても助けられず、それすら忘れていたことがあるよ」

「……っ、すみません。生意気なことを言いました」

「別にいい。俺の経験から言えるのは、死んだら何も残らないってことだ。『心の中で生き続ける』なんてのは、現実を受け入れられない奴の綺麗事だ。実際に残るのは、喪失感と後悔、そして大切な人がいない現実だけだ。逃げたくなるのは当たり前だよ。それでも、俺たちは生きている。それを受け入れるか、逃げ続けるか。最後は本人の問題だが、自分で選んだ道なら、後悔してでも歩き続けるしかないんだよ」

「……優也くんは、今はもう、未来を見ているんですね。それは良いことですか?」

「他人から見ればなんて関係ない。それは幸せかもしれないし、不幸に見えるかもしれない。そんなことはどうでもいいんだ。俺は俺だ。俺が幸せだと感じれば、それは幸せなことだろ。人の目なんて気にするな。自分の幸せだけを考えろ。君自身が幸せを感じなければ、すべては終わりだ。最後は自分自身の力で、君自身の幸せを掴むしかない。そのためには……良いところも悪いところも含めて、今の自分を好きにならないといけない。自分のことは、自分にしか決められないんだから」

「どんな自分も好きになる……。正直、難しいですね」

「すぐには無理だ。俺も時間がかかったからな。……俺が伝えたいことはこれだけだ。あとは、君がどうするかだ」

「そう、ですね」


優也はドリンクを飲み干すと、立ち上がって空き缶を捨てた。


「さて、俺は行くが、君はどうする?」

「……僕は、久志くんを待とうと思います」

「久志なら大丈夫だろ。あいつも今、今後に関わる大事な話をしてるはずだしな」

「そうなんですか?」

「ああ。あいつを一人にしてやるのも、友人としての気遣いかもな。先に帰るのが気になるなら、後で俺からフォローしておいてやるよ」

「いえ、大丈夫です。タイミングを見てメールします」


蒼は杖を手に取って立ち上がった。


「君も帰るか?」

「はい。……優也くん、今日はありがとうございました」

「気にするな。久志の友達は俺の友達だ」

「久志くんも同じことを言っていました。友達の友達は、友達だって」

「ハハッ、あいつらしいな。……そうだ、連絡先、交換しようぜ」


二人はスマホを取り出し、連絡先を交換した。


「ちょうどロープウェイの時間だ。行こう」

「はい」


蒼は優也の背中を追って、巫女ノ丘を後にした。


to be continued.

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