68-14
久志と蒼は巫女ノ丘駅に到着すると、連結しているロープウェイに乗り換え、丘の中腹へと向かった。
ゴンドラの内部には二人のほかに人影はなく、椅子に腰を下ろすと静かに機体が動き出した。
揺られながら、蒼はふと思い出したように疑問を口にした。
「久志くん、どうして巫女ノ丘なんですか?」
「アオザキは、ここの伝説を知ってるか?」
蒼はうろ覚えの記憶を辿りながら答える。
「恋人同士が身を投げた場所……だったような気がしますが」
「一般的にはそれくらいだよな」
「久志くんは、詳しく知っているんですか?」
「知っているというか、聞いた話だけどな。巫女ノ丘公園は一昔前、鎮魂ノ丘や巫覡ノ丘とも呼ばれていたらしい。丘の上にある鐘を鳴らすと『二人は離れることなく永遠の愛が約束される』っていう言い伝えがある。まあ、これはパンフレットにも載ってる有名な話だ」
「それじゃ、その鐘のある場所から身投げを?」
久志は首を横に振った。
「いや、この丘には立ち入り禁止区域があって、その先の崖が実際の場所なんだ」
「立ち入り禁止の場所が? でも、どうして身投げなんてしたんでしょうね」
「約千五百年前、姉弟の巫女と巫覡が恋仲になり、引き離された。巫覡は現実に絶望して身を投げ、その後、巫女も後を追った。その後、鎮魂のために鐘が設置されたんだが、実際の場所は断崖絶壁で行くのも大変な所だった。訪れた参拝者が足を踏み外す事故が相次いだせいで、今の場所に新しく鐘を移したって話だ」
「……姉弟で。なんだか悲しい話ですね」
「逸話だけどな。遺体を埋葬しようと家来たちが探したが、結局見つからず、二人は密かに生き延びたんじゃないかって噂もあったらしいぜ」
「僕は……二人が生きていてほしいと願います」
蒼が正直な感想を口にすると、久志はふっと口角を上げた。
「それは嬉しいな」
「久志くんがどうして?」
「それは、俺が巫女と巫覡、二人の末裔だからだよ」
突然の告白に、蒼の思考が停止した。
「ついでに言うと、巫女の名は安倍泰王天多清之羽衣。巫覡の名は安倍頓久嵩志之光翅と言うそうだ」
「本当……ですか?」
「家に伝わる言い伝えではな。九百年前まで崖の下に川が流れていて、二人は一命を取り留めたらしい」
「川が流れていたなんて、初めて聞きました」
「まあ、時の流れで地震や噴火が起きて地形が変わるなんてよくあることだ。大昔の話だし、タイムスリップでもしない限り確かめようもないけどな」
「タイムスリップ……久志くんはしたいですか? 変えたい過去とか、あったりします?」
蒼の問いに、久志は少し唸った。
「どうだろうな。したい気もするけど、今ある自分を否定したくない気持ちもある」
「そう言える久志くんは、強いですね」
「全然強くねえよ。そうありたいと強がっているだけだ」
タイミングよくロープウェイが到着し、扉が開いた。
「着いたな。降りよう」
久志に続いてゴンドラを出た際、蒼がぽつりと呟いた。
「僕は、わかりません」
「何がだ?」
「タイムスリップの話です。僕だけ話さないのは不公平かなと思って」
「タイムスリップしたい、ってことか?」
「こうなるとわかっていて選択したはずでした。だけど、今はもし戻れるなら……という気持ちが、少なからずあります」
「そうか。……それも含めて、あいつに話してやってくれ」
久志はそう言って先行して歩き出し、蒼も杖をつきながら後を追った。
すぐに売店のような建物が見え、その先に件の鐘が現れた。
「アオザキ。鐘の脇にいる奴が優也だ」
「え? 久志くんは?」
「俺も、会わなきゃいけない奴がいるからな」
久志は足を止め、蒼の目を見て続けた。
「昨日も言ったが、優也は信用していい。だから大丈夫だ」
その言葉に背中を押され、蒼は一歩を踏み出す。
その姿を見届けると、久志もまた、来た道を戻っていった。
to be continued.




