67-13
今日という日、優也は半ば強引に唯を連れ出し、対面する形でリク電に乗せた。
青葉台を出発して揺られること約十分。
二人の間には重苦しい沈黙が流れていた。
優也は連れ出した理由すら告げずに彼女を引っ張り出したが、唯にはなんとなく察しがついていた。
親友である久志が、優也に何も話さないわけがない。
やがて、その沈黙を破ったのは優也だった。
「なあ、唯。久志とは上手くいってるのか?」
「……話してないのかな」と疑問に思ったのは一瞬。
唯は今の状況を素直に打ち明けた。
「……昨日、別れたよ。久志くんは、納得してなかったみたいだけど」
「そうか。久志のことが嫌いになったのか?」
「うーん……嫌いになったわけじゃなくて。なんて言えばいいのかな。例えるなら、疲れちゃった、って感じかな」
「疲れた?」
「うん。きっと唯には合わなかったのかもしれない。唯は100パーセントで久志くんを好きでいたけれど、彼の方は100じゃなくて……きっと90とか80パーセントなんだって、そう感じちゃうの」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、久志くん、誰にでも優しいでしょ? バイトの人とか、知り合いの漫画家さんとか。出会った人全員に優しくて……だから、唯は不安で」
「……唯」
「相談に乗ったりお手伝いしたり、それは彼らしいなって思う。だけど、彼女っていう立場からすると、唯の中では違うかなって。やっぱり、自分だけを見てほしいって思っちゃうんだよ」
「……それを、久志本人に言ったのか?」
唯は静かに首を横に振った。
「言ってないなら、伝わらないだろ。本人に言わないと、久志だって納得できないんじゃないか?」
「かもしれない……。だけど、いいの。唯は嫌な女のままでいい」
「どうしてだ?」
「そうすれば、久志くんの中に残れるでしょ? 記憶にあるだけでいい。時々でいいから思い出してくれたら、それだけで……」
「はぁ……」
優也は深く息を吐くと、拳を作って唯の頭を軽く小突いた。
「はわっ、痛いよ優くん! いじめっ子だ」
唯は叩かれた場所を両手でさする。
「うるさい。痛くしたんだから痛いに決まってるだろ。……ずっと過去を引きずっていた俺が言えた義理じゃないけどさ。もっと素直になったらどうだ? 思ってることを全部、久志にぶつけてみろよ」
「全部私のわがままだよ? 『私以外の女の子と仲良くしないで』なんて、そんなの重すぎるもん。唯が逆の立場だったら重いって思っちゃう」
「でも、それがお前の本音なんだろ?」
「そうだけど……」
「言わないで決めつけるより、言ってからの判断でいいじゃないか」
「……でも、久志くんとは学校でいつでも会えるから」
「……確かにそうだな。でも、かつての俺もそうだったんだ。『いつでも言える』とか『いつでも会える』なんて思っていたら、本当に伝えたい時にあいつはもういなかった。今日、明日、いつでも会えるなんて思うのは大間違いだ。今伝えないと後悔する。万が一が起きた時には、もう遅いんだよ」
「優くん……それはそうかもしれないけれど」
「唯も薄々気づいてるだろ? 今から久志に会いに行く」
唯の目が見開かれたのは一瞬で、すぐに「やっぱり」と心の中で納得した。
「……親友だもんね。久志くんが話さないはずないよね」
「この期に及んでまだ躊躇してるのか? 会いに行っているこの間にだって、お互い事故に遭う可能性はある。無事に会えるのは奇跡なんだよ。それに、この瞬間にも生きたくても生きられない命だってある。生きてるなら、後悔しないように生きるしかないだろ。それはつまり、素直になるってことだ」
一時の静寂の後、唯は小さく頷いた。
「……うん、そうだね。優くんの話を聞いてたら、私の悩みなんてちっぽけだなって思えてきた。少しは、素直になってもいいのかな」
「目の前にある当たり前の日常が、本当は一番大切な時間なんだ。でも、人は失いかけないと、なかなかそれに気がつかない」
「ずっと優くんを見てきて、わかってたつもりだったのに……。やっぱり見聞きするだけじゃダメだね。実際に体験してみないと、本当の意味では理解できないよ」
「俺は思うんだ。今日が楽しくても、明日も楽しいとは限らない。でも、今日が不幸でも、明日も不幸とは限らない。流れる時間のように、人の命は無限じゃないんだ。今日より明日、明日より明後日。未来に希望を持って、今この瞬間を後悔なく生きるしかないんだよ」
「ありがとう、優くん。ちゃんと、久志くんに伝えてみるよ」
(ごめんね、優くん。こんなにいっぱい言葉を掛けてくれてるのに、私と久志は結ばれちゃいけないんだよ。だから、本当にごめんね)
「ああ。どんな未来でも、ほんの一歩でも、その先には成長したお前がいるはずだ」
「……うん。そうだといいな」
会話に没頭していた二人は、不意に流れた車内アナウンスで現実に引き戻された。
『次は巫女ノ丘__巫女ノ丘です。お降り際はお手荷物にご注意ください。ロープウェイをご利用の方は右側へお進みください』
「結構、長い間話してたんだな」
リク電は巫女ノ丘駅に停車した。
優也と唯はゆっくりとホームへと降り立った。
to be continued.




