54-19 (過去編)
春休みが明け、藤ノ井高等学校の入学式当日。
校門をくぐる多くの新入生と保護者たちの喧騒のなかに、付き添いのない少年、久志が一人で立っていた。
久志は掲示板に張り出された大きなクラス分けのボードを見上げる。
探すのは、もちろん自分の名前だ。
「二組か」
自分の名前を確認すると、久志はすぐにもう一つの名前を探して視線を走らせた。
同じクラスの欄に、目的の名前を見つけた瞬間、胸の内で小さく拳を握る。
(よし、同じクラスだ……!)
久志には、どうしても気になる人物がいた。
そして、その人に謝らなければならないと思っていた。
名前は知っているが、容姿までは知らない。
すべては七ヶ月前に故人となった八重花桜梨から聞いた、断片的な情報だけが頼りだった。
在校生の誘導に従って校舎に入り、靴箱で真新しい上履きに履き替える。
廊下の先の階段を二階へ上がると、久志は左へ折れて二組の教室のドアを引いた。
黒板には、座席表が名前入りで張り出されている。
それを見た久志は、思わず小さくガッツポーズをした。
(マジか、ラッキーすぎる)
出席番号順ではない座席配置を心から喜んだ。
久志の席は、一番後ろの窓際から二番目。
鞄を置こうと机に近づくと、隣の窓際の席には、静かに外を眺めている少年がいた。
その少年こそが、久志が探し続けていた人物だった。
久志は一つ深呼吸をして意を決し、少年に声をかけた。
「オレは安倍久志。隣の席だし、これからよろしくな」
久志の声に、少年は外を見るのをやめて振り返った。
「ああ。オレは高橋優也だ」
優也は少し警戒するような、鋭い眼差しで久志を見つめていた。その時だった。
「あー、優くん見つけた! 唯を置いていくなんてひどいよー!」
元気な声とともに、ミディアムヘアの少女が教室に飛び込んできた。
「一緒に行こうって約束してたのにさ!」
久志は、その勢いに圧倒されながらも優也に率直に尋ねた。
「高橋、この子は君の恋人か?」
「全力で違う。こいつは藤村唯。ただの幼馴染だ」
当の彼女は、屈託のない笑顔で久志に話しかけてきた。
「初めまして、藤村唯だよ。あれ? 唯と同じ灰色の目だね。運命感じちゃうなっ」
「藤村さん、運命かは分からないけど、同じ目の色同士よろしく。オレは安倍久志」
「安倍くんだね、これからよろしく! いっえーい!」
突然ハイタッチを求められ、久志は流されるままに応じる。
すると彼女は嵐のようにそのまま教室を出て行った。
「……藤村さんはいつもあんなテンションなのか?」
「可愛いからって惚れないほうがいいぞ」
「え? ダメなのか?」
久志が反射的に返すと、優也は驚いたように声を上げた。
「へ? 安倍、本気か?」
「いや、藤村さん可愛くないか? あんな元気な子が側にいてくれたら、こっちまで元気になりそうだなって」
「基本的に元気すぎる上に、こっちの空気は全然読まないぞ」
「あ……それは少し困るな」
二人は顔を見合わせ、思わず吹き出した。
一目惚れ、というものだったのかもしれない。
少なからず唯に惹かれている自分に気づき、久志は胸の高鳴りを感じていた。
「安倍、改めてよろしく。教科書忘れたときは貸してくれよ」
優也の警戒心も、唯のおかげ(?)で少しは解けたようだった。
優也のボケに対し、久志はさらにボケを重ねる。
「いや、忘れるのはオレの方だ。その時は頼む」
二人はガッチリと固い握手を交わした。
「やるな、オレのボケにボケで返すなんて。ぜひとも久志と呼ばせてくれ」
「ああ、オレも優也と呼ばせてもらって構わないか」
互いに頷き合っていると、先ほどの唯がひょっこり戻ってきた。
「あ、唯のクラス、ここだった」
「じゃあなんで一回出て行ったんだよ」
優也が即座にツッコミを入れる。
「なんか、なんとなく? っていうか、なんでだろ?」
「いや、こっちが聞いてるんだけど」
久志も無意識のうちに、唯にツッコミを入れていた。
優也と久志、そして唯。
窓から差し込む春の柔らかな日差しが、三人の影を教室の床に長く伸ばしていた。
優也の記憶から零れ落ちた、白いワンピースの少女。
久志が胸に秘めた、伝えられなかった謝罪と「懐中時計」の謎。
そして唯が、親友との約束を守るために選んだ「幼馴染」という仮面。
それぞれが異なる痛みを抱えながらも、運命は残酷なほど鮮やかに、彼らをこの教室へと引き合わせた。
「……ま、これからよろしくな、優也、唯ちゃん」
「ああ、久志。退屈しなさそうで助かるよ」
「えへへ、三人で最高の高校生活にしようね!」
賑やかな唯の声に引きずられるように、三人は同時に笑った。
校庭に舞う桜の花びらが、まるで見守る誰かの羽のように、窓の外を静かに通り過ぎていく。
それは、喪失から始まる新しい物語の、静かな産声だった。
Chapter ends; the next chapter begins.




