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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-誰がために花は散る-

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53-18 (過去編)

高校入学を控えた春休み。

久志は、ふらりと姫ノ湖を訪れていた。

湖畔を一周する遊歩道の途中、古びた文化財の説明板が目に留まり、久志は足を止めて読み始める。


「へぇ、千年も前のお浄めの場所だったんだ。……それに、湖の底には『天姫あまひめの棺』がある?」


興味を惹かれた久志は、柵から身を乗り出すようにして湖面を眺めた。


「本当かよ……って、見えるわけないか」

「ありますよ」


突然、耳元で聞き覚えのある声が響き、久志は勢いよく振り返った。


「久しぶり」

「……あ、あなたは、あの時の懐中時計の!」

「名前、忘れちゃったかしら? 天多美桜吏あまた みおりよ」


そこに立っていたのは、以前不思議な懐中時計を預けてきた少女だった。


「相変わらず神出鬼没ですね。突然現れたり消えたり……」

「この前は、急にいなくなってごめんなさいね」

「それで、さっき『ある』って言ってましたが、何があるんですか?」

「棺ですよ。そこに書いてある通り、湖の底にはちゃんと沈んでいるわ」

「……冗談ですよね?」

「いいえ、事実よ。あそこには“天多与路衣あまた よろい”が眠っているわ」

「アマタ、ヨロイ……?」


久志がもう一度説明板に目を落とすと、そこには確かに『天姫の棺』とだけ記されていた。


「天多さんが歴史に詳しいのは分かりました。……それより、以前預かったあの懐中時計、あれにはどういう意味があるんですか?」


ずっと胸に引っかかっていた疑問を、久志はストレートにぶつけた。


「前も言ったでしょう? その時が来たら話すって」

「つまり、今はまだその時じゃない、ということですか?」

「ええ、そういうこと」


美桜吏の落ち着き払った態度に、久志はこれ以上聞いても無駄だと悟った。

彼女の言う「その時」を待つしかないのだ。


「……分かりました。待ちますよ」

「ひとつ確認したいのだけど。あの時計の針は動いた?」

「いいえ。壊れた時計が動くわけないでしょう。あれ、相当な年季物ですよね」

「あれは壊れているんじゃないわ。私と同じ……ただ、止まったままなだけ」

「止まったまま? どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ」


首を傾げる久志を余所に、美桜吏の口からはさらに不可解な言葉が溢れる。


「もしかしたら、あなたが私を解放してくれるのかしらね」

「えっ? 解放? 誰かに捕まっているんですか?」

「ある意味では、捕らわれているわね」

「それなら警察に――!」


久志が慌ててスマホを取り出そうとすると、美桜吏が鋭い声でそれを制した。


「よしなさい」

「ですが!」

「警察に言っても無駄よ。私を捕らえているのは、人ではないもの」


久志は混乱し、思わず叫んだ。


「じゃあ、なんなんですか! あなたの言っていることはめちゃくちゃだ! 訳が分からない!」

「言葉をそのまま信じてはだめよ。言葉の先にあるものを読み解かないと。相手が本当は何を伝えたいのか……この世界は、嘘ばかりだから」

「本当の意味? 嘘ばかりの世界……?」

「ええ。言葉そのものを受け取るのではなく、何を伝えようとしているのか。……私の言葉もそう。あなたが分かってくれたら嬉しいわ」


久志は顎に手を当て、彼女の意図を必死に考えようとした。


「……それじゃ、あなたが私の言葉を理解できた時に、また声をかけるわね」

「ちょっと待って!」


呼び止める間もなかった。視線を上げた時には、もうどこにも美桜吏の姿はなかった。


「……本当に人間なのか? いや、そんなこと聞いたら、また『人間の定義』なんて哲学的なことを言われそうだな」


久志は設置された木製の長椅子に腰を下ろし、美桜吏と交わした会話を反芻する。


「つまり、彼女との会話の中に、俺が求める答えがあるってことだよな……」


久志は日が暮れるまで、彼女が伝えようとした「真意」について考え続けた。

しかし、経験の差だろうか。

いくら思考を巡らせても、今の久志にはまだ、その答えに辿り着くことはできなかった。


to be continued.

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