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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-誰がために花は散る-

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51-16 (過去編)


藤ノ井駅前にある宮野みやの総合病院。

病棟三階の廊下、重苦しい空気のなかで唯は深く俯いていた。

彼女は優也の母親・高橋静流たかはししずるに向かって、絞り出すような声で謝罪する。


「おばさん、ごめんなさい。私が無理やり連れ回したから……目を離してしまったから……っ」 「唯ちゃん。……あなたは優也のことを想ってやってくれたんでしょう?」

「そうですが……っ」

「優也に立ち直ってほしい、前を向いてほしい。そう願ってのことだって分かっているから。ありがとう、唯ちゃん」


あの時、唯が飲み物を買いに行っているわずかな間に、優也は姫ノ湖に落ちてしまった。

それが不慮の事故だったのか、それとも自ら足を踏み入れたのか、唯には分からない。

ただ、異変に気づいた男性がすぐに救出してくれたおかげで、優也は一命を取り留めた。

ドクターヘリで搬送されて以来、彼は深い眠りについたまま意識が戻っていなかった。


「それでも、私は……」


(この状況を招いたのは、私のせいです)


唯は自分を抱きしめるように腕を回したが、震えは止まらず、涙が溢れ出した。

静流の優しい言葉さえ、今の唯には自分を責める刃になる。

自分が動いたせいで優也を追い込み、あわや彼を殺してしまっていたかもしれない。

その独りよがな考えが、どうしても許せなかった。

「唯ちゃん、自分を追い込まないで。大丈夫、優也はきっと大丈夫だから」


静流は唯の体を優しく抱きしめる。

唯は言葉を返せず、ただ小さく頷くことしかできなかった。





二日後。

優也の意識が戻ったという知らせを静流から受け、唯は文字通り病院へ駆けつけた。

病院内へ入ると、もどかしさに駆られながらエレベーターホールへ向かう。

上ボタンを押し、到着を待つ数秒が数時間のように感じられた。


(早く開いて、お願い……!)


カゴに飛び込むと目的の五階を押し、閉扉ボタンを連打する。

一刻も早く顔が見たい。

その一心で唯の行動はいていた。

五階に到着し、扉が開ききるのを待たずに外へ飛び出す。

早歩きで病室へ向かうと、そこには静流が唯を待っていたかのように立っていた。


「唯ちゃん。……優也のことで、少し話があるんだけど、いいかな?」


静流のその静かなトーンに胸騒ぎを覚えながらも、唯は「はい」と頷いた。





ベッドのリクライニングで上半身を起こした優也は、窓の外をぼんやりと眺めていた。

十月だというのに、真っ白い花びらのようなものが一際、二際、風に舞っているのが見えた。


(見間違いか……羽かなにかだろうな)


不意に病室の扉がノックされ、優也が「どうぞ」と答えると、恐る恐る扉が開いた。


「お邪魔します……」と入ってきたのは、唯だった。


「……優くん」

「唯か?」

「うん。お加減はどう?」

「そこなんだけどさ。オレ、なんで入院してるんだ?」

「え……?」

「母さんに聞いても教えてくれないんだよ」

「……覚えてないの?」

「確か、唯と一緒に姫ノ湖に行ったのは覚えてるんだ。でも、その後がモヤがかかったみたいに思い出せないんだよな」

「本当に? 優くんは、姫ノ湖に落ちたんだよ」 「オレが? なんでまた……」

「覚えてないの? 花桜梨ちゃんに、会いに行きたかったんじゃないの……?」


その問いに、優也は不思議そうに首を傾げた。


「カオリ? ……ああ、新しく入ってきた転校生のことか?」


優也のその言葉に、先ほど静流から聞かされた言葉が蘇る。


『お医者様が言うには、花桜梨ちゃんに関わる記憶だけが、すっぽりとなくなっているの』


「本当に、何も覚えてないの……?」


『喪失感があまりに大きすぎて、辛い記憶を封印してしまったんじゃないか。それが先生の見解なの』


現実を突きつけられ、唯は涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。


(優くんをこんな目にあわせたのは私。泣く資格なんて、私にはない)


「唯? どうしたんだよ」


心配そうに覗き込んでくる優也。

その瞳に自分は映っていても、彼の中の「一番」だった少女の記憶は消えている。

それほどまでに、彼は彼女を愛していたのだ。


「……ううん、大丈夫。なんでもないよ」


(私の入る隙なんて、どこにもないじゃない……)


「本当に、何もないよ。優くんは姫ノ湖に落ちた。それだけ。ねえ、覚えてない? 私のこと、からかって怒らせてたでしょ?」

「え? ……ああ、そうだったっけな。記憶がないってのは不便だ。もし何か悪いことしてても、実感がないんだから」


(これは、私の罪と罰。だから……私はうんうん、唯はっ)


「いいよ、いつもの他愛ないことだもん。怒ってたっていうより、今思えば揶揄われてただけかな」

「そっか。それならよかった」


唯は優也への想いを胸の奥底へと封印した。

ただの幼馴染として振る舞うこと。

それが、唯が出した答えだった。


「良くないよ! 本当に怖かったんだから。もう、優くんは唯をいじめるの禁止!」

「じゃあ、イジることにするよ」

「それ同じでしょ〜!」


唯はわざとらしく頬を膨らませてみせる。

「ごめんごめん、機嫌直してくれよ」

「じゃあ、今度ハイランドのミラクルジャッジパフェをご馳走してくれたら考えてあげてもいいよ」

「……あれか。一人で食べるのは不可能って言われてる、バカ高いやつだろ?」

「そう。唯のお小遣い一年分だよ」

「分かった。けど、お小遣い貯まったらな。その条件でいいなら」

「うん、絶対の約束だよ!」


唯が小指を差し出すと、優也は笑ってそれに応じ、指を絡めた。


to be continued.

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