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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-誰がために花は散る-

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51/106

50-15 (過去編)


急激に深くなる湖底の断崖。

優也の身体は重力に引かれるように、静かに、そして深く、水面の下へと沈み込んでいった。


「……あ……」


冷たい水が鼓膜を圧迫し、視界が急速に青く濁っていく。

水の中に沈みながら、優也は最後に見つめた。

水面越しに揺れる光の向こう側、自分を待っているはずの花桜梨の姿を。

すると、水面を突き破って、まばゆい光を纏った彼女が舞い降りてきた。

白いワンピースの裾が水中で大輪の花のように広がり、彼女はまるであつらえたように優雅に、沈みゆく優也の元へと手を伸ばす。


(ああ……やっぱり、迎えに来てくれたんだな)


優也は安堵し、肺に残った最後の一片の空気を吐き出した。

二人の距離がゼロになり、水底で静かに抱き合う。

けれど、花桜梨の表情は、優也が期待していた「再会の喜び」ではなかった。

それは、胸が張り裂けるほどに悲痛で、慈愛に満ちた、別れの顔だった。


「……ゆう、や…………」


水の外よりもずっと鮮明に、彼女の声が脳内に直接響く。


「だめだよ。まだ、こっちに来ちゃ……」


花桜梨の透き通った指先が、優也の額にそっと触れた。

その指先から、冷たい水とは違う、熱を帯びた「何か」が流れ込んでくる。


「……忘れて。私のこと。私との、すべての時間を」


優也の目が驚愕に見開かれた。


(何を……何を言ってるんだ!? せっかく、やっと会えたのに!)


声にならない叫びを上げ、優也は必死に彼女の腕を掴もうとした。

けれど、水の中の腕は鉛のように重く、指先は彼女の体をすり抜けてしまう。


(嫌だ! 忘れたくない! 花桜梨を失うくらいなら、このままここで……!)


優也は激しく首を振った。

拒絶の意志を示すように、彼女を抱きしめようと藻掻く。

しかし、花桜梨は悲しげに微笑むと、さらに深く、彼の記憶の深淵へと指を沈めていく。


「ごめんね。でも……優也には、生きてほしいの。私のいない明日を、ちゃんと笑って……」

「やめろ……やめてくれ……っ!!」


優也の意識が、端から白く塗り潰されていく。

彼女と出会った日。

初めて手を繋いだ日。

一緒に笑った放課後。

あの日、交差点で飛び散った鮮血の記憶までもが、優しい光に包まれて消えていく。

最後に残ったのは、目の前で泣き出しそうな顔をして笑う、花桜梨の姿だけ。


「さよなら、優也。……大好きだったよ」


彼女がその唇を優也の額に寄せた瞬間、世界は完全に暗転した。

掴んでいたはずの幻は光の粒子となって霧散し、優也の意識は、底のない深いへと堕ちていった。


___


「優くん!!」


唯の叫びが湖面に木霊する。

直後、大きく広がっていた波紋の真ん中から、救助に飛び込んだ男性が、ぐったりとした優也の体を引き上げた。

その顔にはもう、あの日見た絶望も、先ほど浮かべた恍惚とした笑みもなかった。

ただ、すべてを失くした空白だけが、静かに刻まれていた。


to be continued.

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