48-13 (過去編)
青葉台にある白石総合病院。
一階の手術室前の廊下には、優也の他に、花桜梨の家族が肩を寄せ合っていた。
父の桜雅、母の花梨、そして妹の桜。
優也はただ、手術室の扉の上で灯り続ける赤いランプを、魂が抜けたような目で見つめていた。
不意に、その赤いランプが消えた。
重い扉が開き、手術着を血で汚した医者が、沈痛な面持ちで姿を現した。
「……ご家族の方だけに、お話があります」
「家族」という言葉が、今の優也には残酷な壁となって立ちはだかった。
自分には彼女のそばに行く資格などない。
守ると誓ったはずなのに、自分だけが生き残り、彼女を死の淵に追いやった。
その罪悪感が、優也の全身を縛り付けていた。
医者に促され、花梨が震える膝を叩いて腰を上げた。
その背を追うように立ち上がった桜雅は、去り際に、椅子に釘付けになっていた優也の肩を優しく抱いた。
「優也くん。……君も疲れただろう。今日はもう、帰りなさい」
その声には責める色など微塵もなかったが、それが逆に優也の心を切り裂いた。
彼は返事をする気力すらなく、ただ幽霊のようにふらりと立ち上がると、力なく、ゆっくりと出口に向かって歩き出した。
◆
それから、親戚一同や学校、そして幼馴染の唯へも、花桜梨の訃報は伝えられた。
二日後に行われた葬儀には、泣き崩れるクラスメイトや先生、親族の姿があった。
焼香の列に並ぶ唯は、震える手で数珠を握りしめていた。
視界が涙で滲み、祭壇に飾られた花桜梨の遺影がゆらゆらと揺れる。
あの日見せた最高の笑顔が、今はひどく遠い世界の出来事のように思えた。
(……なんで、あんなこと言っちゃったんだろう)
唯の胸を突き刺すのは、花桜梨との最後に交わした、些細で、けれど取り返しのつかない「わがまま」だった。
「優くんのこと、あんまり独り占めしないでよね」
冗談めかして言ったつもりの、小さな嫉妬。
もし、あんな意地悪を言わなければ。
もし、自分が二人の邪魔をせず、もっと素直に祝福して送り出していれば。
そうすれば、二人の運命は、ほんの少しだけズレて、あの交差点に辿り着くことはなかったのではないか。
(私のせいだ。私が、二人の時間を汚したから……)
あふれ出す後悔は止まることを知らず、唯は唇を血が滲むほど噛みしめた。
花桜梨の死を悼む悲しみ以上に、自分の中にあった「醜い感情」が彼女を追い詰めたのだと、自分を責め続けた。
しかし、そんな唯が周囲を見渡しても、一番ここにいなければならないはずの、優也の姿を見つけることは誰にもできなかった。
愛した人を失った者と、親友を失い、さらに自分を許せずにいる者。
二人の止まってしまった時間は、重く、暗い雨のように降り積もっていく。
to be continued.




