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Separate Memory 〜美しい地獄で生きる。その為に世界を見捨てた。〜  作者: 水瀬輝夜
-誰がために花は散る-

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47-12 (過去編)

巫女ノ丘駅からリク電に乗ると、窓の外は先が見えないほどの豪雨に包まれていた。


「お父さんに車、頼もうか」

「……いや、駅のコンビニで傘を買おう。せっかくの休みだし、君の親父さんに邪魔されたくないんだ。まだ二人だけでいたい」


優也が耳まで赤くして本音を零すと、花桜梨も顔を赤らめ、絡めた指を強く握り締めた。

一時間後、青葉台駅に到着した二人は改札を出た。

優也が傘を買いに行こうとすると、花桜梨がその袖を引いて止めた。


「私が買ってくるから、待ってて」

不思議に思いながらも見送ると、彼女は店内の棚に並ぶ何本ものビニール傘の中から、あえて「一本」だけを手に取って戻ってきた。


「一本? まだたくさんあっただろ」

「……うん、残り一つだったから」


嘘だと分かっていた。

けれど、彼女が伏し目がちに「相合い傘、したいなって……ダメかな?」と呟いた瞬間、優也の口角は自然と上がった。


「ああ、一本しかないなら仕方ないよな」


土砂降りの雨の中、一本の傘に寄り添う二人。足元はすでにびしょ濡れだったが、肩が触れ合う熱が何よりも心地よかった。

交差点で信号が青に変わり、二人はゆっくりと歩き出す。

その瞬間、すべてが地獄へと転位した。

視界の端から、雨のカーテンを切り裂いて猛スピードの車が突っ込んできた。

優也が反射的に彼女を突き飛ばそうとした。刹那、それよりも早く、花桜梨が優也の体を力いっぱい弾き飛ばした。

キィィィィィィッという鼓膜を刺す急ブレーキの音と、鈍く重い「肉が潰れる音」が雨音を塗り替えた。

優也がアスファルトに這いつくばったまま顔を上げたとき、視界に入ったのは、ただの肉の塊と化したかつての恋人の姿だった。


「……あ」


声にならなかった。

不自然な方向に曲がった手足。

大切に手入れされていた長い髪は、泥と脂じみた雨水に塗れ、路面にべったりと張り付いている。

優也は這いつくばるようにして彼女へ駆け寄り、その上半身を抱き起こした。


「花桜梨……おい、花桜梨!」


抱き上げた瞬間、手応えのなさに背筋が凍った。

骨が砕ける嫌な感触が掌を通して伝わってくる。

彼女の腹部からは、止めどなく溢れる熱い血が優也の服を汚していく。

雨に打たれているはずなのに、その血だけが呪わしいほどに熱い。


「目を開けろよ……嘘だろ、さっきまで笑ってたじゃないか!」


優也の叫びに反応するように、花桜梨の瞼がピクリと動いた。

濁った瞳が焦点の合わないまま虚空を彷徨う。

口元からは、言葉にならない真っ赤な泡が溢れ出した。

肺が潰れ、呼吸をするたびにゴボリ、ゴボリと濡れた音が漏れる。


「……あ、……ぅ……」

「喋らなくていい! 今、救急車を……誰か! 誰か呼んでくれ!」


逃げ去った車のタイヤが焦げる臭いだけが鼻を突く。

花桜梨の指先が、痙攣するように優也の腕を掴もうとして、力が足りずにずり落ちた。


「…優、や………」


それは、空気の漏れるような、か細い音だった。

彼女が最後に向けた微笑みは、苦痛に歪み、血に染まって、ひどく醜かった。

そして、その瞳から光が消える。

繋いでいた手の温もりが、驚くべき速さで氷のように冷たくなっていく。


「おい……待てよ。行くな。置いていかないでくれ!」


優也は狂ったように彼女の肩を揺さぶった。

動かすたびに、彼女の体からは「命」だったものが溢れ出し、路面の水たまりをどす黒く染め上げていく。

さっきまで将来の子供の話をしていた唇は、今はもう紫色の、ただの冷たい粘膜に過ぎない。


「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! 花桜梨! 起きろよ! 約束しただろ! ダイヤモンドダスト、一緒に見るって言ったじゃないか!」


優也は、泥と血にまみれた彼女の顔を、自分の胸に強く押し当てた。

自分の体温で温めようとしても、雨は容赦なく彼女を冷やしていく。

抱きしめる力が強すぎて、彼女の折れた肋骨がミシミシと音を立てる。

それでも離せなかった。

離してしまえば、彼女が本当にただの「物」になってしまう気がしたからだ。


「あああああああああああああ!!」


喉が裂けるほどの絶叫。

それは雨音にかき消され、誰に届くこともない。

ただ、彼女が買ったばかりの一本のビニール傘だけが、少し離れた場所で無残にひしゃげ、持ち主を失ったまま虚しく雨を弾いていた。


「……オレのせいだ。オレが……オレが殺したんだ。オレのせいで、花桜梨が……っ!」


優也は、物言わぬ亡骸を抱いたまま、天を仰いで慟哭した。

雨水と涙と血が混ざり合い、視界は赤く染まる。

この世界には、神も奇跡も存在しなかった。

ただ、自責の念という名の冷たい絶望だけが、彼の上に降り注いでいた。


to be continued.

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