45-10 (過去編)
「あれ、私いつのまにこんな恥ずかしいことをっ」
花桜梨は部屋の机で日記帳にペンを走らせていたが、それはいつの間にか妄想小説へと変わっていた。
「はぁ、最近特に多い気がする。願望なのかな」
中学三年生になり、高校受験シーズンの真っ只中。
今日は以前から約束していた、息抜きという名のデートの日だった。
花桜梨はドキドキとワクワクが抑えられず、気を紛らわせるために日記を書いていたのだ。
(まだかな)
机の上にある時計を見る。
(あれ? 一分しか経ってない。電池が切れかけてるのかな)
無意識のうちに何度も時計を確認してしまう。
待ち合わせまでまだ時間はあったが、待っている間の一分一秒はいつも以上に長く感じられた。
「でも、楽しい時間は早く過ぎちゃうんだよね」
ふと声に出してみる。優也の顔を思い出すと、花桜梨は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「本当に、私は優也の前じゃ乙女だなぁ」
ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。
(あっ、やっと来た!)
はやる気持ちを抑えながら部屋を出て、突き当たりの階段を駆け降りる。
(優也!)
すでに玄関の扉は開いていて、父の桜雅と妹の桜が出迎えていた。
「お姉ちゃん、遅いよ」
「これでも急いで降りてきたよ。っていうか、なんで桜とお父さんまで出てるの?」
「チャイムが鳴ったんだから、出るのは当然だろう」
当たり前だと言い切る桜雅だったが、内心では隙あらば優也に二人の進展具合を問い詰めてやりたいという興味でいっぱいだった。
「騒がしくてごめんね、優也」
花桜梨は恥ずかしくなり、彼に謝った。
「いや、賑やかでいいじゃないか」
「ねえねえ、お姉ちゃんとお兄ちゃんはどこまで行ってるの?」
「桜、なんてこと聞くの!」
桜の直球すぎる問いに、花桜梨は声を荒らげる。
「桜、二人には二人の時間があるんだ。生暖かく見守ろうじゃないか」
冷静に言いながら、桜雅は心の中で「ナイスだ」と呟いていた。
そんなやり取りを、優也は顔を真っ赤にして聞いていた。
「私から一言。将来の旦那には、もっと大胆にアプローチした方がいいんじゃないのか?」
優也に続き、花桜梨も顔に火が出るような熱さを感じた。
「もう! 私たちのことは放っておいて。優也、二人は無視して行こう」
思考停止しかけていた優也の手を取り、家を出ようとした瞬間だった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんに振られたら、わたしがいつでも慰めてあげますからね」
「私たちは相思相愛です! この先、結婚して添い遂げる予定なんだから、そんなことはありえません!」
桜の台詞に、花桜梨はありったけの恥ずかしい言葉で対抗した。
彼女に引っ張られて家を出る間際、優也は父・桜雅と目が合った。
何かを訴えかけるような瞳。
優也は一瞬で、桜雅が伝えたかった言葉を理解した。
(花桜梨のことを、頼んだぞ)
優也はしっかりと桜雅の目を見て、力強く頷いた。
「遅いです! 早く歩いてください」
花桜梨に手を引かれるまま、優也は八重家を後にした。
残された桜と桜雅は、遠ざかる二人の背中を見送った。
「早く姪か甥の顔が見たいな」
「桜、それは気が早すぎるだろう」
「え、お父さんは孫の顔が見たくないの?」
「それは見たいが……いかん、やはり早すぎる」
「ま、どちらにしても、お姉ちゃんが幸せならそれでいいかな」
桜雅は「楽しんでこい」と、空に向かって静かに呟いた。
to be continued.




