42-07 (過去編)
花桜梨と別れた久志は、パンフレットを開いて眺めた。
「さて、どこへ行こうかな」
近場がいいと考え、隣のあいの駅周辺に目を向けると、ある場所が気になった。
「藍銅神社か。行ってみるか」
目的地を決めると、十五分ほどで隣のあいの駅に到着した。ホームに降り立ち、そのまま改札を抜ける。
「どっちだ?」
駅前の案内図に目を通した。
「左か」
久志は案内板に従って二十分ほど歩き、目的地である藍銅神社に到着した。入り口にある解説板を読み進める。
「女神アズライトか。昔の信仰みたいなものかな」
久志がふと独り言を漏らした、その時だった。
「神なんて存在しない。希望の先にあるのは絶望だけ」
声のした方へ振り向くと、そこには長い髪をなびかせた一人の少女が立っていた。
「あの……突然なに? 君は誰?」
「私は天多美桜吏。突然ごめんなさい。久しぶりに来たら、あなたが『信仰』なんて言っていたから、ついね」
「そうですか。あ、名乗らせておいて自分を教えないのは失礼ですね。俺は安倍久志です。天多さんは、この辺りに詳しいんですか?」
美桜吏は遠くの空を見上げながら答えた。
「安倍? そういうこと。だから、私は……」
「どうかしたんですか?」
「ええ、私はずっとここに居るから。それなりに、だけれど」
会話を続けるうちに、久志は自分がいつの間にか敬語になっていることに気づいた。なぜかそうしなければいけないような気がして、自然と背筋が伸びていた。
「それで、さっき言っていたことはどういう意味なんですか?」
「そのことね。実際、神も女神もこの世に存在しない。人々が縋りたいがために創り出したもの」
「そんなことないでしょう。世界各地に伝承や神話は存在しますし、宗教もその一つじゃないんですか?」
「希望と信じて手を伸ばしたそれは、必ず絶望へと転位するものよ」
「では、その逆もあり得るんじゃないですか?」
「絶望が、希望へ?」
「そうです」
久志は一点の曇りもない瞳で美桜吏を見据えた。美桜吏は一度目を閉じ、深く息を吐いてから再び目を開けた。
「手を出して」
「え?」
「早く」
促されるまま、久志は右手を差し出した。
「これを」
美桜吏が手渡したのは、年季の入ったハーフハンター型の懐中時計だった。
「あの、これは……どうして俺に?」
「これは、あなたが持っておくべきもの。理由はいつか話してあげる。けれど、それは今じゃない」
「念のために聞きますが、拒否権は?」
美桜吏は無言のまま、微笑みを浮かべて久志を見つめた。
その笑顔の裏に、どこか恐ろしい気配を感じ取った久志は、すぐに言葉を改めた。
「……すみません。ありがたく頂戴、いえ、大切に預からせていただきます」
久志が頭を下げ、再び顔を上げたときには、もうそこに美桜吏の姿はなかった。
しばらく周囲を捜してみたが、どこにも見当たらない。
「一体、どこへ……」
久志は掌にある懐中時計をじっと見つめた。
「彼女の考えは分からないけど、天多さんからの大切な預かり物。そう思っておいた方がいいよな」
彼は持っていたハンカチで時計を丁寧に包むと、上着のポケットへ大切に仕舞い込んだ。
「いつか、って言ってたしな。また会うことになるってことだろ。だったら今は、何も考えずに帰るか」
そう呟くと、久志は静かに家路へと着いた。
to be continued.




