41-06 (過去編)
夏休み明けの日曜日、昼下がりの柔らかな日差しが差し込む車内。
花桜梨はリク電のシートに揺られながら、隣に座る少年に視線を向けた。
彼の名は安倍久志。
この夏休みに引っ越してきたばかりの転校生で、印象的な灰色の瞳を持っていた。
家が近所という縁もあり、今日は花桜梨が街を案内することになったのだ。
「すまない、八重さん。せっかくの日曜日に付き合わせてしまって」
久志は、今日何度目か分からない謝罪を口にする。申し訳なさが顔に滲み出ていた。
「もう、何度も謝らなくていいですよ。この街のことなら、どこに何があるか全部頭に入ってますから」
花桜梨は両手を左右に振り、「気にしないで」という仕草で笑って見せた。
「でも、彼氏さんに悪いなと思って。クラスでも噂になってるし、本当ならデートの約束とかあったんじゃないかなって」
「えっ、なんで知ってるんですか? 私、話しましたっけ」
花桜梨が素直な疑問を口にすると、久志は少し困ったように肩をすくめた。
「隣の席の女子から聞いたんだ。八重さんには他クラスに彼氏がいるから、ちょっかい出さないようにって釘を刺されたよ。だから、悪いなと思って」
「あはは、そんな風に言われてるんだ。でも大丈夫ですよ。優也にはちゃんと話してありますし、説明すれば分かってくれる人ですから」
「優也。それが、彼氏さんの名前なんだね」
「そう。高橋優也って言うの。私の、一番大切な人」
花桜梨は隠しきれない幸福感を湛えた、満面の笑顔で答えた。
「本当に好きなんだな。八重さんの顔を見てると、それが痛いくらい伝わってくるよ」
「安倍くんは、元々こっちの出身だったんですよね?」
話題を変えるように花桜梨が尋ねると、久志は窓の外に目を向けた。
「そうなんだけど、生まれてすぐに引っ越したから、土地勘は全然ないんだよね」
「そうなんだ。じゃあ、ダイヤモンドダストのことも知らない?」
「ダイヤモンドダスト? ご当地のお土産か何か?」
久志の素直な連想に、花桜梨は思わず声をあげて笑った。
「なんだかその発想、優也も言いそう」
「……違った?」
「全然違います。冬の特定の条件下でだけ発生する、キラキラした自然現象のことだよ。それを見たカップルは、永遠の幸せが約束されるって言われてるの」
「へえ、ロマンチックだな。いつか見てみたいよ。さっき教えてもらった姫ノ湖の話も凄かったし、八重さんは本当に物知りだね」
「物知りってわけじゃないよ。ただ、優也と一緒に行きたいところを調べてたら、自然と覚えちゃっただけ」
「なるほどね。……じゃあ、お礼に俺からも一つ。これは婆ちゃんから聞いた話なんだけど、巫女ノ丘って知ってるだろう?」
「ええ、昔、恋人たちが身投げしたっていう……」
「実は、実際に身投げした場所はそこじゃないらしいんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「らしい、よ。俺も婆ちゃんに聞いただけで確かめたわけじゃないけど、信憑性は高いと思うんだ」
リク電が青葉台駅に到着し、ブレーキの音が響く。花桜梨はシートから立ち上がった。
「あれ、安倍くんは降りないの?」
「もう少し、先まで周ってみるよ」
「土地勘、大丈夫ですか?」
「ああ、大体は分かったから。万が一の時はスマホがあるしね。今日は本当にありがとう」
「分かりました。じゃあ、また明日、学校でね」
「うん、また明日」
花桜梨がホームに降りると、車両の扉が閉まり、リク電は久志を乗せてゆっくりと動き出した。
to be continued.




