39-04 (過去編)
桜の花が咲き誇る季節。
優也、花桜梨、唯は中学二年生になった。
進級したからといって何かが劇的に変わるわけもなく、三人は相変わらずの日々を過ごしていた。
一緒に登校し、休み時間を共にし、放課後は宿題を広げながら他愛のない会話に興じる。
そんな当たり前の日常。
しかし、唯の心だけは違っていた。
年始のあの光景を目撃して以来、彼女は自分の感情を殺し、必死に「いつもの自分」を演じ続けていた。
小さな亀裂は、一度衝撃を与えれば修復不能なほど大きく裂けていく。
学校が休みの日。
花桜梨は夕凪浦駅の改札を抜け、一人で数分ほど歩いた。
目的地は、江戸後期から明治初期にかけて地主の美坂真策が築いたという、情緒豊かな日本庭園「美坂庭園」だ。
大きな和館門をくぐり、庭園の奥へと進む。
一本の小木の下に、自分を呼び出した唯の背中を見つけ、花桜梨は小走りで駆け寄った。
「お待たせ、唯。こんな所に呼び出してどうしたの?」
唯は答えず、背を向けたまま小さな木を見上げていた。
「この木は小さいね。周りの木が大きすぎて、誰にも見向きもされない。可哀想だと思わない?」
「唯、どうしちゃったの?」
「わたしと一緒。居ても居なくても、どうでもいい存在なんだよ」
「そんなことないよ。唯は大切な幼馴染だよ」
花桜梨が歩み寄り、唯の体をこちらへ向けさせた。
その瞬間、花桜梨は言葉を失った。
唯の目からは、大粒の涙が溢れ出していた。
「唯、どうしたの?」
絞り出すような問いかけに、唯の感情がダムを壊したように決壊した。
「全部、花桜梨ちゃんのせいなんだから!」
「私のせい……?」
「花桜梨ちゃんより、ちょっとでも先に優くんと出会ってたら良かった! あの時、花桜梨ちゃんより早く優くんと話せてたら、きっと未来は変わってた! なんでいつも、わたしが欲しいものを先に持っていくの? 花桜梨ちゃんはずるいよ!」
初めてぶつけられた唯の本音。
花桜梨は、親友も自分と同じように優也を想っていたことを、その時ようやく突きつけられた。
「……唯も、優也のこと。それなら、なんでもっと早く言ってくれなかったの?」
「それじゃあ、もしわたしが先に言ってたら、優くんのこと諦めてくれたの?」
「……それは、無理だよ。優也を諦めるなんてできない。好きっていう気持ちは抑えられないよ」
「そうだよね。わたしバカだから、どうしていいか解らない。だけど、これだけは解る。ずっと三人一緒になんて居られない。だから――」
乾いた音が庭園に響いた。
唯の手が、花桜梨の頬を叩いていた。
何が起きたのか理解できず、花桜梨は呆然と立ち尽くす。
「……唯?」
「幼馴染も友達も、わたしたち二人の関係はこれで終わり」
「何を言っているの……?」
「これからは赤の他人。ただの同級生」
「優也を巡って、争ったりしないの?」
優也の視線の先に誰がいるのか、唯はずっと前から気づいていた。
これは戦う前から決着のついた負け試合なのだと。
「花桜梨ちゃん……ううん。さよなら、八重さん」
唯は冷たく最後の一言を投げ捨てると、取り残された花桜梨を振り返ることもなく、その場を立ち去った。
to be continued.




