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アスファルトの上で重なり合ったまま、荒い呼吸を繰り返す二人の間に、静寂が降りる。
優也は震えの止まらない桜を抱きかかえるようにして立ち上がると、人目を避けるように、病院のすぐ隣にある小さな公園へと彼女を連れて行った。
深夜の公園。
錆びついたブランコが風に揺れ、街灯の鈍い光が二人の影を長く引き伸ばしている。
ベンチに座らせても、桜は自分の肩を抱いたまま、地面の一点を見つめて動かなかった。
「……どうして」
掠れた声が、桜の唇から零れた。
「どうして……助けたの。わたし、今、死ねると思ったのに。……死んで、全部終わりにできると思ったのに。お姉ちゃんを傷つけたことも、お父さんたちを裏切ったことも、……優也さんを苦しめたことも、全部」
桜は自分の膝をきつく握りしめ、自分自身を呪うように吐き出した。
「……今でも、消えたい。生きてるのが、苦しいよ。……でも、」
桜の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「……怖かった。光が近づいてきて、死ぬって分かった瞬間……体が動かなくなって。頭の中が真っ白になって……。死にたいはずなのに、……すごく、怖かった……っ!」
死への渇望を、生物としての根源的な「死の恐怖」が打ち砕いた。
その矛盾に、彼女の心は悲鳴を上げていた。
優也は彼女の隣に腰を下ろし、夜の闇を見つめながら、静かに語り始めた。
「……俺も、同じだったよ」
桜の体が、ぴくりと跳ねた。
「花桜梨を失った時、俺も自分の存在が許せなかった。俺が生きて、あいつが死んだ意味が分からなくて……。一時期は本気で、後を追おうと思ったこともある」
優也は自嘲気味に口角を上げ、遠い記憶をなぞるように目を細めた。
「でも、死ぬ勇気もなかった。そうして彷徨っているうちに、俺は記憶を失った。……皮肉なもんだよな。自分を罰するために心を壊したはずなのに、その空っぽになった器の中に、新しい出会いや、新しい幸福が流れ込んできたんだ」
優也の脳裏に、和翠の柔らかな笑顔や、一輝、唯、久志たちと過ごした何気ない時間が浮かぶ。
「記憶を取り戻したとき、罪悪感が消えたわけじゃない。今でも、俺だけが幸せになっていいのかって思う夜はある。……でもね、桜ちゃん」
優也は桜の方を向き、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「許されない罪なんて、この世にはないんだ。……それを『許さない』と決めているのは、神様でも他人でもない。自分自身なんだよ。君が自分を許さない限り、どんなに周りが愛を注いでも、君は自分だけの地獄に居続けることになる」
「……自分を、許す……?」
「ああ。それは、犯したことを忘れるって意味じゃない。傷つけた事実を背負ったまま、それでも生きていいんだって、自分に許可を出すことだ。君が今日感じた『死の恐怖』は、君の魂がまだ『生きたい』って叫んでる証拠だよ。その声を、無視しないでくれ」
優也の言葉が、夜風に乗って桜の頑なな心を溶かしていく。
「生きて、償えばいい。和翠先輩の傍で、君が犯した過ちを一生忘れないことで。……それが、死ぬことよりもずっと険しくて、正しい道のりなんだ」
桜は優也の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
それは、絶望の涙ではなく、生きていく痛みを受け入れるための、始まりの涙だった。
優也は彼女が泣き止むまで、その背中を静かに叩き続けた。
今度は、誰も置いていかない。
その決意を胸に刻みながら。
to be continued.




